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Amazonインターネット衛星計画に引き抜かれた責任者がSpaceXに残していったもの

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
Credit: SPACEX

既報で米Amazon.comが3200機超の通信衛星網「プロジェクト・カイパー」を計画していることが明らかになった。打ち上げ開始やサービス開始時期、使用する周波数帯などは公表されていないものの、衛星の数ではSpaceXの「スターリンク」に次ぐ大規模計画となる。

多数の通信衛星を地球低軌道に打ち上げ、極地を除くほぼ地球全体に通信サービスを提供する非静止衛星(NGSO)型の計画は、SpaceX、Kepler Communications、Telesat Canada 、LeoSat、OneWebなど主に5社が競い合ってきた。Amazonの計画を加えると衛星の総数は2万機近くなる。規模が巨大であることから、「メガコンステレーション」とも呼ばれる。

メガコンステレーション規模のNGSOブロードバンド衛星網は未だ勃興期にあり、すでに衛星打ち上げを開始したOneWebも当初予定から遅れて、今年の2月に打ち上げを実施した。急速な衛星網構築を目指し、人材の獲得競争もあるとみられる。今回、Amazonの計画で責任者となった人物は、昨年にSpaceXのスターリンク計画を離れた元副社長のラジーブ・バッドヤール氏であることがわかった。米経済ニュースサイトCNBCが報じた

バッドヤール氏は航空宇宙分野の出身ではなく、ヒューレット・パッカードでインクジェットプリンター部門、マイクロソフトで携帯音楽プレーヤー「Zune」の開発の責任者であった。2014年にSpaceXへ入社し、2018年にはスターリンクの試験衛星「Microsat 2a/2b」打ち上げにも関わっていた。バッドヤール氏と共に、SpaceXから2人のスターリンク担当者がAmazonへ移籍したという。

2018年10月、SpaceXからスターリンク関係の主要な人物が退職していたことが報じられた。バッドヤール氏は試験衛星を複数回打ち上げて慎重に開発を進めることを主張したが、SpaceXのイーロン・マスクCEOは、より低コストでシンプルな構造の衛星を開発し、2019年中頃には本格的な打ち上げを開始するよう指示したという。両者の意見が折り合わず、離職にいたったと見られる。

計画初期の責任者の離職で、スターリンク計画に変化はあったのか。その一端をうかがわせる資料が、FCC(連邦通信委員会)の文書に見られる。2019年2月にFCCからSpaceXに送達された文書は、軌道上でスターリンク衛星が他の人工衛星やスペースデブリと衝突して新たなデブリを発生させるリスクについて、また運用の終わった衛星を速やかに大気圏に再突入させ、落下物が人の住む地域に落ちることがないように海上で燃え尽きさせることができるかどうかについて説明を求めた。

総数1万2000機に及ぶスターリンク衛星は、これまでにもスペースデブリ発生と再突入時の燃え残りリスクが指摘されており、FCCの文書はその回答を求めたものだ。これに対して、SpaceX側はスペースデブリリスクはNASAの安全基準を満たしているとした上で、燃え残りリスクについては「設計変更で対応できる」と回答した。

75機の初期型衛星の設計では、ホールスラスターと呼ばれる電気推進の一種を用いた小型エンジンを搭載し、衛星を燃え尽きやすい安全な高度まで下げてから大気圏再突入を開始させる計画だった。だが、SpaceXが設計を再評価した結果、ホールスラスターでは精密な再突入が難しいとして、衛星部品の素材を見直すことになった。具体的には衛星のスラスターとリアクションホイール(姿勢制御装置)部品を変更し、大気中で完全に燃え尽きる部品を使用する。また、燃えにくいシリコンカーバイドを使った部品の使用も取りやめるという。

こうした設計変更は、初期型75機の後に続く衛星から反映される。FCCへの回答文書でSpaceXは「(初期型の)後に続く衛星のコンポーネントが大気圏の再突入を乗り越えて生き残ることはなく、死傷者のリスクをゼロに低減する」と回答している。

バッドヤール氏が在籍していた時期に設計された初期型75機の衛星と、退職後に変更が発表された後期型のスターリンク衛星。ふたつの間には、開発責任者の考え方が反映されているように思える。バッドヤール氏がさらなる試験衛星の打ち上げを主張していたことからすると、試験によってホールスラスターを使って衛星のコントロールの精度を高める、実際の大気圏再突入を観測して燃え残りがあるかどうか評価する、といったプロセスを踏むことを検討していたのではないだろうか。こうした慎重な方法は、試験が想定通り進まない場合には開発が遅延し、肝心の通信サービス開始で遅れをとるというリスクもはらんでいる。イーロン・マスクCEOはリスクを嫌って開発責任者の刷新を図ったものと考えられる。

一方で、設計変更が再突入時の燃え残りリスクをゼロにできるものなのか、疑問もある。IEEE Spectrumの報道では、燃えにくい素材をアルミなど燃えやすい素材に変更しても、「完全に燃え尽きるとは言い切れない」としている。

SpaceXを離れた衛星網計画の責任者は、ロケット企業Blue Originを率いるジェフ・ベゾスCEOのAmazon.com衛星網計画へ参加した。Credit: Blue Origin
SpaceXを離れた衛星網計画の責任者は、ロケット企業Blue Originを率いるジェフ・ベゾスCEOのAmazon.com衛星網計画へ参加した。Credit: Blue Origin

スターリンク衛星網は、開発変更によってよりシンプルな設計となり、マスクCEOの主張どおり2019年半ば(5月以降とみられる)に打ち上げを開始しようとしている。バッドヤール氏は、競合するAmazonの衛星網計画に参加し、再び自らの方針を実証する機会を得た。スターリンク計画の責任者交代は、SpaceXという企業に根本的な開発方針についての問いを残していったともいえる。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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