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100機目のアリアン5からその先へ。欧州ロケットの将来

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
50年間、欧州のロケット打ち上げを担ってきたギアナ宇宙センター。撮影:秋山文野

前回の記事で、国際水星探査計画「BepiColombo(ベピコロンボ)」で日欧の水星探査機「みお」と「MPO」を搭載するアリアン5ロケットの偉容を紹介した。2003年以降は軌道投入の失敗など部分的失敗はあったものの、連続打ち上げ成功を続けてきたのがアリアン5だ。

国際水星探査計画「BepiColombo(ベピコロンボ)」の水星探査機を搭載する準備中のアリアン5。Image Credit: ESA-H. Ritter
国際水星探査計画「BepiColombo(ベピコロンボ)」の水星探査機を搭載する準備中のアリアン5。Image Credit: ESA-H. Ritter

だが、宇宙輸送の分野は「ニュースペース」と呼ばれる宇宙ビジネスの転換期を迎えている。アリアンスペースが牽引してきた静止軌道での大型通信・放送衛星は、衛星の長寿命化もあって打ち上げ機数が減ってきている。そんな中で、2019年には小型ロケット「ヴェガ」が新型の「VEGA C(ヴェガC)」に、日本でも基幹ロケット「H3」が登場する2020年には、大型ロケット「アリアン」シリーズが「Ariane 6(アリアン6)」にリニューアルする予定だ。

2020年登場予定の大型ロケット「Ariane 6」 Image Credit: Arianespace
2020年登場予定の大型ロケット「Ariane 6」 Image Credit: Arianespace
2019年に初打ち上げ予定の小型ロケット「VEGA C」 Image Credit: Arianespace
2019年に初打ち上げ予定の小型ロケット「VEGA C」 Image Credit: Arianespace

人工衛星のサイズの変化、小型・多数の衛星を展開する“コンステレーション”と呼ばれる衛星網の台頭など、宇宙ビジネスの環境は変化してきている。そこで、アリアン5の100機目成功後、アリアンスペース社のステファン・イズラエルCEOに、「ヴェガ、アリアン6ではそれぞれ全部で何機の打ち上げが行われることになると思うか」と質問をぶつけた。欧州で商業打ち上げの最前線を走ってきた同社のリーダーは、今後の宇宙輸送ビジネスをどう見ているのだろうか。

アリアンスペース社を率いるステファン・イズラエルCEO。撮影:秋山文野
アリアンスペース社を率いるステファン・イズラエルCEO。撮影:秋山文野

「まず、アリアン5の導入は1996年で、退役は2022年までを予定しています。およそ25~26年活躍したわけですが、今年の100機目以降、あと20機ほど打ち上げることになると思います。おおむね25年のオペレーションだといえるわけですね。

アリアン5の場合は、設計の発展性や改修の可能性があまり考慮されておらず、ECAコンフィグレーションの導入をしましたが、比較的同じ構成で25年近く活躍することになりました。一方で2020年初飛行のアリアン6ですが、まずは3年後の2023年には年間11回の打ち上げを見込んでいます。2020~2023年の期間で50機ほどの打ち上げを予定しています。

2020年からはギアナ宇宙センターで建設中のアリアン6射点が稼働する。撮影:秋山文野
2020年からはギアナ宇宙センターで建設中のアリアン6射点が稼働する。撮影:秋山文野

そして100回ほど打ち上げた後に、次バージョンになります。これは、アリアン6がすぐにアリアン7に置き換わるという意味ではなく、「アリアン6プラス」になっていきます。市場の変化に応じた発展性をもたせられる設計になっているのです。アリアン6は数年ごとにアップデートされ、エボリューションを続けるロードマップを検討しています。

ヴェガも同様に改良を続けます。ヴェガCは2019年初打ち上げ、2020年からサービスインして、2025年までに上段ステージを新しくした「VEGA E(ヴェガE)」になります。それまでに年間4回ぐらい打ち上げることになるでしょう。

現行のVEGAロケットも打ち上げ能力を1.5トンから2トンへ増強したVEGA Cへ。撮影:秋山文野
現行のVEGAロケットも打ち上げ能力を1.5トンから2トンへ増強したVEGA Cへ。撮影:秋山文野

アリアン6、VEGAとも、発展性が市場の要求についていけないということになったときには全く新しいロケットになりますが、次、また次と発展させていくので、トータルの打ち上げ回数は100機をこえてはるかに多くなると思いますね」(アリアンスペース社ステファン・イズラエルCEO)

市場の変化(顧客である人工衛星オーナー側の要求)をロケットの仕様に取り入れ、打ち上げ能力を変化させていくことがアリアンスペースの目的だという。イズラエルCEOの目標では、現行で年間10~12回程度である打ち上げは、2023年以降はアリアン6とヴェガCを合わせて年間15回以上となりそうだ。

■ギアナでロケット打ち上げ観光、という可能性。

打ち上げ回数が年間12回を超えると、ロケットの打ち上げ頻度が月1回以上になる。米スペースXはさらなる高頻度打ち上げにも挑戦しているが、それでも「月イチ以上」となると「ロケット打ち上げを見に行きたい」という観光ターゲットにもなるのではないだろうか。せっかく行ったのに延期というリスクはつきものだが、赤道直下(北緯5度)のギアナは天候が安定していて、天候不良による延期は1年に1度あるかないかだという。

ギアナ宇宙センターでの打ち上げ見学ツアーの際には、周辺のリゾート地の観光もできる。撮影:秋山文野
ギアナ宇宙センターでの打ち上げ見学ツアーの際には、周辺のリゾート地の観光もできる。撮影:秋山文野

実はギアナ宇宙センターでのロケット打ち上げは、衛星やロケットの直接関係者でなくても打ち上げが見学できる。アリアン5打ち上げでは、スカパーJSAT・インテルサットの通信衛星「Horizons 3e」と共に搭載されたアゼルバイジャンの通信衛星打ち上げ見学に同国の学生グループが来ていた。

オンタイム打ち上げ率の高さを誇ってきたアリアンスペース。打ち上げ見学ができる可能性は高いかも? 撮影:秋山文野
オンタイム打ち上げ率の高さを誇ってきたアリアンスペース。打ち上げ見学ができる可能性は高いかも? 撮影:秋山文野

打ち上げを見学する場合、事前に射場を管理するフランス国立宇宙研究センター(CNES)への申し込みが必要になる。確かな打ち上げ時期が発表されるのはおよそ1週間前、見学ツアーの出発地となるパリ郊外のオルリー空港までは自力でのアクセスが必要だ。事前に海外の宇宙ニュースメディアなどを見ておよその打ち上げ時期を把握しておく必要があり、なかなか手間のかかる旅ではある。それでも空を満たす大型ロケットの光と轟音は得難い体験だ。

ギアナへは、パリ郊外のオルリー空港からのアクセスとなる。南米のフランス語圏リゾート地であるギアナとパリ観光とセットならば、一つの旅で幅広く楽しめるかもしれない。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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