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失踪技能実習生調査で見つかった重大な虚偽 入管法改定にかかわる重要データはどうねじ曲げられたのか

明戸隆浩社会学者
失踪技能実習生についての調査に重大な虚偽があったことを認めた法務省(ペイレスイメージズ/アフロ)

 現在国会では、出入国管理及び難民認定法(入管法)の改定案が審議中だ。法案は「特定技能1号」「特定技能2号」の2つの在留資格を追加するというそれ自体としてはシンプルなものだが、これは実際には今後数十年の日本の将来にかかわる、きわめて重要な変更だ(入管法改定の全体像については11月13日の筆者の記事ほかを参照)。

「低賃金」を「より高い賃金を求めて」と言い換える欺瞞

 そうした中で11月16日、今回の改定にかかわる重要データである職場から失踪した技能実習生についての調査結果に、重大な虚偽があったことが明らかになった。

 その中でももっとも大きな問題は、失踪理由として「低賃金」を挙げた人が本来2870人中1929人(67.2%)だったのに、それが86.9%と20%近く水増しして報告されていたことだ。こうした「ミス」が生じた理由に関する法務省の説明については後に検討するが、とりあえず結果だけ見ても、法案の重要な土台となるデータの信頼性が根本から問われる事態になっていることは間違いない。

 しかし実際には、これはたんなる「ミス」で済まされる話ではない。なぜなら今回の調査結果のまとめでは、調査票では「低賃金」という項目として聞いたはずの結果を集計の際に「より高い賃金を求めて」と言い換えた上で、それを「技能実習を出稼ぎ労働の機会ととらえ、より高い賃金を求めて失踪する者が多数」などと解釈しているからだ。

 一見すると、「低賃金」と「より高い賃金を求めて」のあいだには、ニュアンスの違いくらいの差しかないように思えるかもしれない。しかし「低賃金」と言った場合、当然そこには「この賃金では生活できない」「この賃金では出国時の借金を返すことができない」といった、やむにやまれない事情が多く含まれていることが推測できる。これまで不当に低い賃金で労働を強いられていることが繰り返し報じられてきた技能実習生の実態をふまえるならば、この推測はなおさら確度の高いものとなるだろう。

 これに対して「より高い賃金を求めて」という表現から想起されるのは、とりあえず現状でもとくに生活に困ることはないが、もっといい待遇があればそこで働きたいという、そこまで切迫感のないニーズである(ただし念のために言い添えれば、こうしたニーズをもつこと自体は労働者としてごく当然のことであり、そこに本来国籍による違いはない)。

 つまり「低賃金」を「より高い賃金を求めて」と言い換えるというのは、実際には職場で不当な待遇を受けていることについての告発であるかもしれないことを、あたかも給与について高望みしているにすぎないかのように見せかけるという「欺瞞」なのだ。「技能実習を出稼ぎ労働の機会ととらえ、より高い賃金を求めて失踪する者が多数」という「解釈」は、まさにこうした欺瞞によって成立したものだと言える。

「低賃金」が20%近く水増しされた経緯

 では、今回の虚偽報告が生じた経緯について、法務省はどのように説明しているのか。まず一つは、調査項目の設定に関わる問題である。法務省の説明によると、この調査では「失踪理由」についての選択肢として、たんなる「低賃金」のほかに「低賃金(契約賃金以下)」「低賃金(最低賃金以下)」という、本来なら細目にあたるものも並列してしまったのだという。他の選択肢は「実習終了後も稼働したい」「指導が厳しい」「暴力を受けた」「帰国を強制された」など「低賃金」とは独立したものなので、賃金についてだけ重なり合う選択肢が3つも設定されたのは、法務省も認めるとおりあまり適切なことではないだろう。

 しかしより大きな問題は、集計の際、これら重なり合う選択肢を単純に合算してしまったことだ。たとえば「低賃金」「低賃金(契約賃金以下)」「低賃金(最低賃金以下)」のすべてに〇をつけた人が1人いるとすると、これを「3人の人が「低賃金」に〇をつけた」とみなしてしまった。そんなことをすれば「低賃金」を選んだ人の数は実際よりもどんどん増えるわけだが、法務省の説明によれば実際にこうしたことが起こってしまったというのである。

 しかもそれに加えてもっと単純なミス、つまりエクセルでコピーアンドペーストの作業をする際に、(おそらく表の中で「低賃金」の下にあったと思われる)「労働時間が長い」や「指導が厳しい」を、「低賃金」に含めてしまうというミスも生じたのだという。これはおそらく3つある「低賃金」の項目を1つにまとめる際に生じたミスだと推測されるが、ともかくこうして「低賃金」を選んだ人の数はさらに増えていくことになった。

 以上が、本来67.2%である「低賃金」が、20%近く水増しされて86.9%になったカラクリである。先ほどの「より高い賃金を求めて」への言い換えとは異なり、これらすべてを意図的なデータのねつ造だと断言するつもりはないが、とはいえ過失だとしたらそれはそれであまりにもお粗末すぎる話だ。(なお法務省は2017年3月に公表された外国人住民実態調査でも似たような「集計ミス」をやらかしており、これは今回だけの問題ではない。)

「半数以上が月額給与10万円以下」は何を意味するのか

 しかし今回の法務省の説明には、実はもう一つ気になることがある。今回の調査結果によると、先ほど示した3つの「低賃金」のうち、「低賃金(契約賃金以下)」と答えたのは144人(5.0%)、「低賃金(最低賃金以下)」と答えたのは22人(0.8%)だったという。もしこの数字が正しければ、「低賃金」と答えた人の多くは相対的な低賃金を問題にしており、契約賃金以下あるいは最低賃金以下という明らかに不当な扱いを受けている人はごくわずかだ、ということになる。しかし今回出された他の調査結果をふまえるならば、残念ながらこの数字を鵜呑みにすることはできない。

 今回のデータではたとえば月額給与についての調査結果も示されているが、そこではなんと、10万円以下と答えた人が2870人中1627人(56.7%)と半数以上を占める。(付け加えれば、光熱費など給与から控除される金額については707人(24.6%)が3万円を超えると答えており、それ以外に不明と答えた人が1099人(38.2%)いるので、実際の状況はさらに厳しいものだと予想される。)

 そしてここで強調しなければならないことは、この「10万円以下」というのが「フルタイム」で働いた賃金だということだ。実際1週間あたりの労働時間についての結果を見ると、事実上のフルタイムとなる35時間を超えて労働している人は2568人(89.4%)、50時間を超えると答えた人は462人(16.1%)にのぼる。(ちなみに35時間以下の人も90人いるようだが、技能実習生は仮に時間があっても足りない分をアルバイトなどで補うことはできないので、いずれにせよ収入は変わらない。)

 調査が行われた2017年の最低賃金は全国平均で848円、週40時間で33920円、4週間で135680円である。個票データ(実習生個々人についての回答が記載されている元データ)が公開されていない以上厳密な検証は不可能だが、もし最低賃金がきちんと確保されているのであれば、半数以上が月額給与10万円以下になるということは到底考えられない。

 つまりこれらのデータを見る限り、「低賃金(最低賃金以下)」の人が22人(0.8%)というのは、実態からかなりかけ離れた数字である疑いがある。この点については個票データを検証しなおすだけでもかなりのことがわかるはずだが、必要に応じて失踪者だけでない技能実習生全体についての調査を行うことも考えるべきだろう。「技能実習を出稼ぎ労働の機会ととらえ、より高い賃金を求めて失踪する者が多数」という「解釈」が今回の改定の土台の一つになっている以上、立法にあたってこの点の確認は最低限必要な条件だ。

高プロをめぐって起きたことを再び繰り返すべきではない

 以上のように、今回示された失踪技能実習生についての実態調査は、調査設計、集計、解釈、整合性のいずれの点でも大きな問題を抱えており、重要法案の土台とするにはあまりにもずさんなものである。

 また、今回の調査結果からは実際には多くの実習生が最低賃金以下で働かされている実態がうかがえるにもかかわらず、それを看過してあたかも実習生が好待遇の職場を求めて好き勝手に移動しているかのように見せかけるのは、欺瞞以外の何者でもない。

 今回の入管法改定は、これまで繰り返し問題点が指摘され続けてきた技能実習制度を保持したまま、それに付け加える形で「特定技能」の資格を新設するものだ。そしてこうした方向性の正しさを示すためには、「現在の技能実習制度にはとくに問題はない」と言えるためのデータが必要になる。しかし今回の訂正騒ぎから明らかになったのは、実際にはそんな都合のよいデータなどみつかっていないということだ。

 意図的なものと過失によるものを混在させながら、ずさんなデータをもとにずさんな法案を強引に押し通す。すでに多くの人が指摘しているとおり、まさに今回と同じようなことが、今年6月に成立した働き方改革関連法案の審議の過程で、高度プロフェッショナル制度(高プロ)をめぐって生じた。こうした事態が常態化しないようにするためにも、今回の入管法改定をめぐって、高プロと同じ経緯が繰り返されることがあってはならない。

社会学者

1976年名古屋生まれ。大阪公立大学大学院経済学研究科准教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。専門は社会学、社会思想、多文化社会論。近年の関心はヘイトスピーチやレイシズム、とりわけネットやAIとの関連。著書に『テクノロジーと差別』(共著、解放出版、2022年)、『レイシャル・プロファイリング』(共著、大月書店、2023年)など。訳書にエリック・ブライシュ『ヘイトスピーチ』(共訳、明石書店、2014年)、ダニエル・キーツ・シトロン『サイバーハラスメント』(監訳、明石書店、2020年)など。

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