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「今国会は技能実習制度を廃止するまたとない機会」 入管法改定案審議入り、田中宏さんに聞く

明戸隆浩社会学者
入管法改定の問題点と今後の方向について語る一橋大名誉教授の田中宏さん(著者撮影)

 11月13日火曜日、衆議院本会議で出入国管理及び難民認定法(入管法)改定案の審議が始まる。今回の改定案では「特定技能1号」および「特定技能2号」の2つの在留資格が新たに設けられ、業種についての限定はあるが、前者は最大5年、後者は期限のない滞在が可能になる。

 しかしすでにさまざまなメディアで報じられているとおり、改定による影響の大きさに比してその内容はきわめてあいまいで、問題点が次々と明らかになっている。こうしたいかにも急ごしらえの法案に対して、どのような対論が必要か。

 今回はこうしたことをふまえて、『在日外国人』(岩波新書)などの著書があり、外国人にかかわる問題のロビイングについても豊富な経験をもつ、一橋大学名誉教授の田中宏さんにお話を聞いた。(聞き手・構成:明戸隆浩)

明らかに拙速な法案、役所も混乱

■明戸  僕はこれまでヘイトスピーチにかかわる問題を中心にやってきたので、入管法の問題については隣接するテーマとして意識しつつも、自分が扱う課題としては少し距離がありました。そこで出発点として田中さんの『在日外国人』第3版を読み返していたのですが、外国人労働者を扱った8章の最後にこうあります。

 「ひるがえって日本でも、「国際貢献」という看板ではなく、労働力人口の減少がつづくことを踏まえ、外国人労働者の権利保障を盛り込んだ外国人労働者政策を真剣に検討すべきではないだろうか」(248-9)

 まさにこの通りのことが、ただしまったく真剣ではない形で今回生じているわけですが、今回の改定案について、田中さんはどうとらえていらっしゃいますか。

■田中  これを書いたとき(2013年)には、まだ技能実習法(2017年11月施行)もできていなかった。今回は明らかに官邸が上から指示してやっているわけで、役所のほうも大変なことになっていると思う。

■明戸  昨年技能実習法をつくったばかりなわけで、普通ならプラスマイナス含めてその成果を検証して、それをふまえて次の段階に進みますよね。

■田中  10日の東京新聞で報じられているけど、法務省の担当者が、外国人に対するヒアリングすらまだできてないと認めている。自治体とか企業とか周辺には聞いたようだけど、肝心の外国人当事者はこれからだと。それくらい対応が間に合っていない。

技能実習との関係が不明確な特定技能1号、今後の移民政策を見据えた2号

■明戸  今回導入される特定技能には1号と2号があるわけですが、まず在留期限が最大5年とされている1号について、いかがでしょうか。

■田中  一番問題なのは、技能実習との関係をどうするのかがはっきりしないこと。14業種に限定して期限は5年、家族の帯同は認めない。そういう資格を新しくつくるのであれば、今ある技能実習制度をやめるという話になるはず。逆にもし技能実習を残して特定技能1号をつくるというなら、なぜそんなことをするのか説明が必要になる。

 技能実習法では、目的のところに「国際貢献」がまだ残っている。それに対して今回導入される特定技能1号は労働人口の問題に対処するためのもので、国際貢献というタテマエが名実ともになくなるわけです。

 そうであれば、まず議論しなくてはいけないのは技能実習との関係。もちろん本格的な国会での議論はこれからだろうけど。

■明戸  技能実習の廃止ということについては、たとえば移住連(移住者と連帯する全国ネットワーク)もずっと言っていますね。あと野党議員でつくる「多文化共生議連」も、技能実習制度の廃止を項目の一つに掲げています。海外の制度を見ても人材交流のような資格はあるので、制度自体があっていけないとは思わないですが、それを労働力を入れるための制度として使うのはやはりおかしい。

 次に特定技能2号についてですが、これもよくわからないところがあります。保守的に考えるなら、とりあえず1号だけつくって、しばらく様子見て…となりそうなものですが、今回2号を一緒に出してきた。業種を限定した永住、というのもかなり不自然な制度ですけれども…。

■田中  実際には省令でやるわけだから、業種はどうにでもなるということでしょう。いずれにしても、特定技能をつくることで、これまでの「国際貢献」というごまかしを払しょくすることがはっきりしたと思う。その中で、今後本格的な移民制度を考えていかざるをえないという実態をふまえてつくられたのが、特定技能2号ということになると思います。

 ただ当面は特定技能1号で勝負をかけようとしていると思うのだけど、もしきちんと準備期間があって官僚が入っていれば、やはり技能実習との関係は整理して出したはず。今回こうなったのは、やはり上から急に言われたのが大きいと思う。

30年前の入管法改定以降受け入れが拡大した「日系人」と「技能実習生」

■明戸  少し歴史を遡りたいのですが、入管法で過去に大きく改定がなされたのは約30年前、1989年(施行は1990年)ですね。このときに日系人を定住者として受け入れることになり、また留学から独立する形で「研修」の在留資格が創設された。このときの状況は、どういうものだったのでしょうか。

■田中  日系人については、当時の法務省の担当者が「あんなに日系人が急に増えるとは思わなかった」と言っていたのが印象に残っている。当時も労働力不足が問題になっていて、それまでもブラジルで日本国籍をもっている人が里帰りという形で働くことがあったけど、そういう人はそんなに多くない。そこで、自民党が日系人を特別に扱うことで当面を乗り切るという方針を打ち出した。それまで自民党は外国人労働者は入れない、ということを言っていたわけですが。

■明戸  なるほど、今回は「移民」をめぐって議論がありますが、当時は「外国人労働者」を入れるか入れないかが焦点だったのですね。

■田中  それで、その次に「研修」という在留資格を新しくつくる。研修の枠で来る人はあくまでも勉強しにくるというタテマエなので、給与にあたるものは「研修手当」という名目で出されていた。だから最低賃金法も適用外。

 そしてその後、1993年の法務省告示で、つまり法律を変えないで、技能実習制度というのをつくります。研修生は労働者ではないというタテマエだから、事故があったりしたときも労災も認定されない。でも「技能実習生」であれば、労働法規が適用される。

 ただしこの時点では在留資格としての「技能実習」はないから、「特定活動」つまり「その他」の枠に入っていた。「技能実習」が在留資格の一つとして設置されるのは、2009年改定の時です。

 そうやって少しずつ変えていって、それでもまだ問題が多いので、去年やっと技能実習法をつくった。この法律の正式名は「外国人の技能実習の適正な実施および技能実習生の保護に関する法律」だけど、閣法でわざわざ「保護」という言葉を使ったのは、役所としても問題をよほど深刻だと見ていたからではないか。

技能実習制度を廃止した上で、日本語教育と外国人の人権擁護の拡充を

■明戸  さて、野党の中でも立憲民主党は、審議を十分にすべきだとして今国会では法案を成立させない構えです。その一方で「多文化共生議連」は対案を準備しているという報道もあり、やや情報が錯綜しています。野党はどういう方向性を打ち出すべきでしょうか。

■田中  きちんとした形で対案を出すべきだと思います。そのときに一番重要なのは、やはり技能実習の廃止。もちろんただ廃止というだけではなく、どういう形で特定技能1号に移行させるのかを示す必要がある。まず今やっている技能実習の資格での入国を止めて、すでに技能実習の資格で働いている人を特定技能1号に移行させる。これについては、移住連はじめ現場で活動しているNGOが具体的なアイディアをもっていると思います。

 次に重要なのが、日本語教育の問題。この問題はものすごく遅れていて、たとえば一般の学校の設置は文科省令の「設置基準」によって定められているけど、日本語学校にはそれがなく、代わりに法務省が日本語学校を「公認」している。その結果日本語学校の半分以上が株式会社で、そのために日本語学校に行っている生徒は、一般の学校の生徒と違って「消費税」も払わないといけない。

 またこれは、日本で働く人、働きたい人の日本語能力をどういう形で判断するかという基礎にもなります。他の国がやっているように、あえていえば「国策」として、海外でも安く日本語が勉強できるような環境を整えて、それを国内の日本語教育と連動させる必要がある。

■明戸  特定技能1号では日本語力を要件にすると言っているわけですから、当然関係してきますね。ちなみに田中さんは今あえて「国策」という言葉を使って、僕もそういうことは必要だと思うほうですが、ただ本来ならそういうことを考えるのは自民党の側なはず。こちらが「これは国策としてもなっていない」などと言わなければいけないのは、本当はおかしな話です。

■田中  そして最後に、さしあたりは韓国の「外国人処遇基本法」が参考になると思うけれども、人権擁護の方向性をきちんと打ち出すこと。法務省が社会統合のための施策をやろうとしたら官邸からクレームが入ったというニュースがあったけど、韓国の場合は、法務部の中に入管法・外国人処遇基本法・国籍法の3つが入っている。アメリカでもイミグレーション(移民)とナチュラライゼーション(国籍取得)はひとつながりだけど、日本だと国籍は民事局だから縦割りのままで、つながらない。

■明戸  そこは本当にそうだと思います。今回の改定についても、海外の法制度がほとんど参考にされていないのがずっと気になっています。

■田中  いずれにしても、技能実習を特定技能1号に移行させて、最終的に廃止するということは十分可能なはずです。技能実習制度はタテマエとして国際貢献を掲げてきたけど、今回限りでもうそれはやめるんだと。本当は日系人を入れるときに、つまり30年前に腹を決めないといけなかったんです。

 日系人は「家族帯同」も可能だったためにその後コミュニティが拡大し、2010年に始まった高校無償化制度では適用対象となるブラジル高校は13校に上った。制度から除外された在日コリアンが通う朝鮮高校が10校であることからも、その拡大ぶりがわかる。今回のことは、そういう点でも30年遅れということになると思います。

社会学者

1976年名古屋生まれ。大阪公立大学大学院経済学研究科准教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。専門は社会学、社会思想、多文化社会論。近年の関心はヘイトスピーチやレイシズム、とりわけネットやAIとの関連。著書に『テクノロジーと差別』(共著、解放出版、2022年)、『レイシャル・プロファイリング』(共著、大月書店、2023年)など。訳書にエリック・ブライシュ『ヘイトスピーチ』(共訳、明石書店、2014年)、ダニエル・キーツ・シトロン『サイバーハラスメント』(監訳、明石書店、2020年)など。

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