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アメリカ・シャーロッツビルに白人至上主義者が集結 その背景と経緯、そして今後

明戸隆浩社会学者
事件の翌日、シャーロッツビルの教会で演説するマコーリフ・ヴァージニア州知事(写真:ロイター/アフロ)

米ヴァージニア州シャーロッツビルの白人至上主義者の集会で非常事態宣言、3人が死亡

 8月12日土曜日、ヴァージニア州シャーロッツビル。この日ここで起きた事件は、アメリカにおけるヘイトスピーチの問題を考える際に避けて通れない事例として、おそらく今後繰り返し参照され続けることになるだろう。

 日本でもすでに報道されているとおり、この日シャーロッツビルは大規模な白人至上主義者の集会によって非常事態宣言が出されるほどの混乱に陥り、その過程で集会に抗議する人々に車が突っ込み、一人が死亡、十数人がケガをするという事態となった。また関連して近くで警戒にあたっていた警察のヘリコプターが墜落し、乗っていた二人の警察官が死亡したため、この事件での犠牲者は現時点で3名となっている。

 とはいえこう書いただけでは、とくに日本では「まあでも海外のデモは日本よりずっと過激らしいし、よくあることでしょ」というような反応も考えられる。しかし当然ながら、アメリカの文脈で考えても今回のようなことは基本的に「想定外」だったし、実際今回の事件に対する受け止め方はきわめてシリアスなものだ。

 目立つところだけ拾っても、バラク・オバマヒラリー・クリントンジョン・マケインジョー・バイデン、ジェブ・ブッシュ、マルコ・ルビオ、バーニー・サンダースなど、今アメリカで影響力をもつ政治家は、党派を超えてほぼすべて何らかの形で事件に対する非難を表明している。

 またトランプ大統領による「非難」声明についてはアメリカ国内でも「お前が言うな」的な反応が(リベラル側を中心に)多いし、また対象を明確にせず「多くの立場による憎しみ」を非難するという表現をしたことが、「この期に及んでどっちもどっちか」という批判を浴びている。しかしそれでも、死亡者についての報道が出る前に非難のツイートをし、また死亡者が出たという報道の直後に会見を行うという対応は、この事件の「深刻さ」を示す材料としては十分なものだろう(このことは、たとえば昨年の相模原事件に対する安倍首相の対応を想起することで、さらによく確認できると思う)。

なぜ今、これほど大規模の集会が?

 つまり今回の事件は、アメリカにおいても(というかおいてアメリカにおいて「こそ」)きわめて衝撃的なものである。しかしその上でなお日本から見てわかりにくいと思われるのは、今回の事件の背景だろう。なぜ今回、ここまで大規模なイベントがシャーロッツビルという小さな市(人口5万人ほど)で行われることになったのだろうか。

 今回のイベントの直接のきっかけは、市内の公園にあるロバート・E・リー(南北戦争時の南軍の司令官で、日本でも「リー将軍」として知られる)の像について、市議会が今年4月に撤去(および公園の改名)を決めたことだった(現在はまだ裁判係争中で執行はされていない)。

 現在のアメリカにおいて南北戦争時代の南軍側(「アメリカ連合国」)を支持することはそれ自体がヘイトスピーチやレイシズムと同義であるわけではないが、しかし今回のイベントでも南軍旗が象徴的に使われていたように、白人至上主義とのつながりは非常に強い。このような背景もあって近年こうした像については撤去する動きが進んでおり、今回のシャーロッツビルでの市議会の決定も、その流れに沿ったものだった。

 そしてこうした流れは、当然ながら白人至上主義者の側には「自分たちの象徴が潰されようとしている」ものと映る。実際シャーロッツビルでも先月すでに人種差別団体KKK(クー・クラックス・クラン)が抗議のデモを行うという動きがあったが、しかしこのときの参加者は30名ほどにとどまり、抗議のために集まったカウンター約1000人に圧倒される結果となった(なおKKKは白の頭巾を被った姿に象徴されるようにそもそも素性を隠して活動することが基本で、こうした形でデモを行うということはそもそも珍しい)。

 それに対して今回は「この数十年で最大規模」(ヘイトスピーチの問題と長く対峙する反差別団体SPLCによる表現)のイベントとなった。主催したのは地元の白人至上主義者Jason Kessler。彼は最近「オルトライト」(後述)のグループのメンバーになり、本人は「白人の権利のための」活動家を自称し白人至上主義者ではないと主張するが、実際にはKKKのメンバーらとも親しいとされている

 また今回のイベントには、日本でも一部で名前が知られているリチャード・スペンサーも参加。スペンサーは「オルトライト」運動の主導者の一人だが、この運動はネットでの活動を基盤に最近活動を活発化させている極右運動で、現在トランプ政権で主席戦略官を務めるスティーブ・バノンはこの運動と密接な関係がある(バノンが以前編集長を務めていた「ブライトバートニュース」はこの運動に大きな影響力をもっている)。

 なお今回のイベントには他にも多くの「オルトライト」運動の関係者が参加したと言われており、そうした意味では今回のイベントは既存の白人至上主義者とオルトライトの「結節点」だったということになる。前者単体ではそこまでの動員力はないし(このことは先月のKKKのデモで確認済)、また後者は基本的にネット上での活動が中心だか、今回は白人至上主義者的な主張がオルトライトの拡散力によって増幅され、その結果としてきわめて大規模なイベントが成立することになったわけだ。

州知事による反レイシズムの明確な表明

 よく知られているように、アメリカでは「表現の自由」の観点が強く、その結果ヘイトスピーチに法的な規制をするということについてはきわめて慎重である。では、今回の事件がそうした考え方を変える起点になるということはありうるのだろうか。こうした問いは、この10年ほどの排外主義運動の活発化の結果として昨年ヘイトスピーチ解消法を成立させた日本の状況とも関連して、当然出てくるものだろう(もちろん日本の解消法はあくまで理念法であり、規制を伴うものではないのだが)。

 しかし結論から言えば、今回のことで「その部分」が揺らぐ可能性はおそらく小さい。アメリカでは、明確に反ヘイトスピーチの立場をとる団体や政治家のあいだにおいてさえ、「表現の自由」に対する支持がきわめて強固である。そうした点では、今回の事件がいかに衝撃的であったとしても、それが法的なスタンスへの変更へとつながる可能性は非常に低い(ただし重要な点を補足すれば、アメリカにはヘイトスピーチ規制がないというだけで人種差別禁止法にあたる公民権法は確立されており、実際今回の事件でもすでに公民権法違反の疑いで連邦当局が捜査を開始している)。

 とはいえその上で強調しておかなければならないことは、アメリカがヘイトスピーチに対して法的な規制をしないことは、決してヘイトスピーチに対して公的な人物や機関が「中立」の立場に立つことを意味するわけではないということだ。このことは冒頭で紹介した大物政治家の一連のコメントからも十分うかがえるが、ここではさらにその象徴として、事件直後に会見を行ったヴァージニア州知事テリー・マコーリフのスピーチから、そうしたメッセージが明確に現れている部分を、少し長くなるが引用しておこう。

 今日シャーロッツビルに集まった、すべての白人至上主義者とネオナチに伝えたいことがある。私たちのメッセージはごく単純なものだ。帰れ。君たちはこの偉大な州に必要ない。恥を知れ。君たちは愛国者を気取っているようだが、愛国者なんかではまったくない。(中略)君たちは今日人々を傷つけるためにここに集まり、そして実際に傷つけた。私のメッセージは明確だ。私たちは君たちよりも強い。君たちが来たことで、私たちの州はもっと強くなった。君たちが成功することなどない。ここに君たちのいる場所はない。アメリカに君たちの場所などないのだ。(中略)私たちの多様性、さまざまな出自をもった移民が、アメリカを独自の国にしている。私たちは、誰かがここに来て多様性を破壊することを許さない。だからお願いだ、帰ってくれ。そして二度と戻ってくるな。憎しみも偏見も、ここにはいらない。

 たんに事件で犠牲者が出たことを非難したり、哀悼の意を示したりするだけではなく(もちろんそれも含まれるが)、「私は反レイシズムの側に立つ」ことを明確に宣言すること。そしてこうした宣言を、事件が起こった州の責任者が、その直後の会見で行うこと。もちろんマリーコフは民主党の政治家で、ヒラリー・クリントンの選対本部長も務めたリベラルな政治家である。しかしそういうことを超えて、今回の事件によって大きな恐怖を感じたであろう人々に対して、このメッセージはとても心強く響いただろうと思う。

 アメリカにヘイトスピーチ規制はない。これは確かに事実である。しかしその分、有力な政治家を含む、市民社会による分厚い反レイシズムの蓄積がある。今後アメリカの法的な方向性がどこに向かうのであれ、このことを抜きにして、アメリカのヘイトスピーチの問題を語ることはできない。

社会学者

1976年名古屋生まれ。大阪公立大学大学院経済学研究科准教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。専門は社会学、社会思想、多文化社会論。近年の関心はヘイトスピーチやレイシズム、とりわけネットやAIとの関連。著書に『テクノロジーと差別』(共著、解放出版、2022年)、『レイシャル・プロファイリング』(共著、大月書店、2023年)など。訳書にエリック・ブライシュ『ヘイトスピーチ』(共訳、明石書店、2014年)、ダニエル・キーツ・シトロン『サイバーハラスメント』(監訳、明石書店、2020年)など。

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