【参議院選挙】民共連合は1989年参院選の「連合の会」に酷似している?民共連合の未来は?

(写真:伊藤真吾/アフロ)

民共連合とは、2015年から始まった民進党(元民主党)と日本共産党とを中心とする野党間の協力関係を指す言葉です。

もともと日本共産党は全国で32ある参議院一人区のうち29選挙区で公認候補を擁立していましたが、そのうち21選挙区で民主党の公認・推薦候補と競合していました。しかし、関係の進展により日本共産党の志位和夫委員長は2016年2月19日の野党5党首会談(民主党・岡田克也、維新の党・松野頼久、共産党・志位和夫、社民党・吉田忠智、生活の党・小沢一郎)で、一人区で日本共産党候補を取り下げる方針を示しました。同年5月31日には32ある一人区すべてで候補者が一本化されています(野党統一候補の内訳は無所属16人、民進党公認15人、香川県選挙区のみ共産党公認)

これは当初、日本共産党が提案していた日本共産党も含めた野党共同で新政権を樹立するという国民連合政府構想が他党の理解や同意を得られず「凍結」、事実上の撤回に追い込まれたことによる動きですが、ともに政府は樹立できなくても選挙は協力する、との日本共産党の方針転換により協力が進展していきました。

「連合の会」とは?

ここで私はこの「民共連合」が、1989年の参議院選挙において結成された「連合の会」の動きと酷似していると感じました。

かつて全民労協と全民労連(旧・連合)時代から、連合系労組幹部は日本社会党と民社党の合同を念頭に「社民勢力の結集」を唱え、その「接着剤」となることを標榜していました。

この「連合の会」はその日本労働組合総連合会(連合)を基盤として、自由民主党から政権奪取を目的として結成されました。1989年の第15回参議院議員通常選挙で連合の会の候補者は日本社会党、公明党、民社党など4野党の推薦候補として立候補して11人が当選しています。非改選の無所属議員だった山田耕三郎(元大津市長)氏とともに、参議院会派の連合参議院を結成し代表には山田氏が就きました。

しかし、1992年の第16回参議院議員通常選挙においては連合の会が公認した22人が全員落選して、1993年1月には民主改革連合に改称しています。さらに1995年の参議院選挙でもわずか2議席と振るわず、1998年には新民主党へ合流しました。

参議院選挙の結果ではなく、参議院選挙後にどうなるのかが重要

1989年に「社民勢力の結集」を唱え、日本社会党や民社党などの野党が中心となって自民党に対抗した「連合の会」。そして、2016年は民進党と日本共産党などが野党統一候補を擁立して自民党に対抗しようとしています。

私は「連合の会」の中心的な存在であった日本社会党のような末路を、「民共連合」の中心的な存在である民進党に重ねて見てしまいます。

この「民共連合」が果たして有権者のためになるのかといった視点で、私たちは参議院選挙後もきちんと見極めていく必要があるようです。