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「アベノマスク裁判」国葬批判を怖れ、遅延行為を連発?!

赤澤竜也作家 編集者
周囲の閣僚たちが不織布マスクを使用するなか、布マスクにこだわった安倍晋三元首相(写真:つのだよしお/アフロ)

ブラックボックス化されたアベノマスク配布事業

安倍政権によるマスク配布事業。一般家庭向けでは全世帯に2枚ずつ布マスクを配布するという壮大な施策だったのだが、虫や髪の毛などの異物が入っていて回収騒ぎになったすえ、届いたときには市中に不織布マスクがあふれかえっていた。安倍首相とその側近以外、誰も装着しているのを見たことがないまま世の中から消えていくという笑えない結末を迎えるに至る。

マスク調達においては厚労省を中心に国と興和、伊藤忠商事、マツオカコーポレーションなど17社との間で32件、合計440億円の契約が結ばれた。すべて会計法の特例である緊急随意契約である。郵送や印刷物作成、包装費なども含めると543億円となる。

さて、このお金、原資はもちろん皆さまの税金なのだが、ちゃんと使われていたのだろうか?

実はいまだにしっかりと検証されてはいない。国はアベノマスク一枚あたりの調達単価すら明かしていないのである。

神戸学院大学の上脇博之教授は2020年4月28日以降、厚労省や文科省に対し、アベノマスク事業についての文書の開示を断続的に請求した。

しかし契約や発注に関し、業者とやり取りした文書(電子メールを含む)などが不開示とされたため、大阪地方裁判所に対し、ふたつの裁判を提起する。

ふたつめの裁判では、これまでひた隠しに隠していたアベノマスク一枚あたりの調達単価に最低でも55円もの差額のあることが判明した。

さらに安倍晋三元首相の銃撃後、裁判の審理に異変が起きている。

興和との一部契約では不良品が出ても責任追及できない旨の記載があった。2020年7月で配布を中止し、8000万枚以上が在庫となり、20年8月からの7ヵ月間での6億円の保管料がかかっている。
興和との一部契約では不良品が出ても責任追及できない旨の記載があった。2020年7月で配布を中止し、8000万枚以上が在庫となり、20年8月からの7ヵ月間での6億円の保管料がかかっている。写真:YUTAKA/アフロ

アベノマスク調達をめぐる書類はありません!

2021年2月22日に上脇教授が起こしたふたつ目の訴訟では、まず、調達に関して業者と国との交渉を記録した文書があるのかが争点になっている。

厚労省、文科省ともに、上脇教授の情報開示請求に対し、見積もり書、契約書、納品書などは単価を分からないようにしたうえで開示したものの、そのほかについては「不存在」と回答してきた。交渉の経過を記録した文書が作成されていなければ、ほかの職員と情報共有することが出来ず、上司の決裁をも得られないはずなのだが、ないのだそうだ。

第2の争点は、国と業者とのやり取りそのものの文書があるのかどうか。

値段交渉をしたのだから、やり取りの文書がないわけがない。

ところがである。

被告国は書面において、交渉の「やり取り文書」としては電子メールのみが存在したのだという。アベノマスクの調達作業は電話とメールで行っていた。でもそのメールは保存期間が「1年未満文書」だからすべて破棄してしまったと主張したのである。

のちのち業者とトラブルが発生し、裁判になってしまった際、「やり取り文書」がなかったら、どうやって戦うつもりなのだろう。そもそもあり得ない。

しかもである。

2021年10月14日、国は裁判所から「廃棄したメールの総数や廃棄時期」について説明するよう求められた。裁判期日で何度も催促された挙げ句、9ヵ月後になって、「総数も時期もわからない」と回答してきた。

誰かが指示して消したのではないという。要は調達業務に携わった厚労省、文科省の職員みんなが、業務が終わるか終わらないかのうちに、自発的に廃棄したとおっしゃるのだ。

「メールはやっぱりありました」と言い出したが……

メールとは双方向のもの。国が全部捨てちゃったと言っていても、相手方には残っているはず。原告弁護団は送付嘱託という手続きで、業者に問い合わせたところ、複数の会社からメールが提出され、ずさんな契約の詳細が明らかになった。

https://news.yahoo.co.jp/byline/akazawatatsuya/20220715-00303993

すると国は「ないと言っていたメールや誓約書などの書類がありました」と言い出したのである。本年7月14日の口頭弁論でのことだった。厚労省分だけが見つかったという。

国側の代理人は「見つかった書類は速やかに対応します。メールに関しては行政文書かどうかの解釈に関わるので、その点についても意思をはっきりさせて速やかに対応したい。ご迷惑をお掛けしました」

と言い切った。

今後の進行についてその日に決まったのは、

国は発見された誓約書などについては文書そのものと、見つかった経緯を説明する書面を7月中に提出すること。

および、国は文書の廃棄時期などに関する原告の求めた説明に対する回答を8月31日までに提出することだった。

原告は昨年の10月来、膨大な質問を投げかけているのだが、国はこの時点でほとんど答えていない。この日、「最低限、このふたつだけはやります」と確約したのだった。

これまで出て来た契約関係の書類を見ると、すべてにおいて見積もり書と契約書の日付けが同じだった。アベノマスク調達に関し、国は交渉など行わず、相手の言い値で売買価格が決まっていた可能性が高い(弁護団提供)
これまで出て来た契約関係の書類を見ると、すべてにおいて見積もり書と契約書の日付けが同じだった。アベノマスク調達に関し、国は交渉など行わず、相手の言い値で売買価格が決まっていた可能性が高い(弁護団提供)

連発される遅延行為、ついにイエローカードが出た

被告国は7月29日、証拠説明書とともに発見された書類のみを裁判所に提出したものの、約束していたその説明についての書面は出さなかった。

原告は8月2日に意見書を出し、速やかな対応を要請する。

しかし梨のつぶて。

8月31日は準備書面の提出日だったのだが、こちらの方もブッチ。裁判所が国に催促の電話を入れ、ようやく9月9日になって出されたものの、根拠を示さぬまま情報公開請求があった際の調査概要が書かれていたのと、7月末に提出を約束していた文書発見の経緯を述べただけで、原告が10ヵ月間にわたって何度も投げかけた質問には一切答えていなかった。

9月13日に行われた口頭弁論においても、国の代理人から遅れた理由についての説明はない。

そして、これまでひたすら問いかけきた「アベノマスクの契約発注について、調達業者ごと、契約ごとの個別の交渉の経過」について、なんら書面で回答することなく、口頭にて、「契約交渉の過程において、個別の業者ごとに交渉開始および終了時期、その経過を特定するものが残っていないからむずかしいかも……」などとゴニョゴニョ話しはじめたのである。

見つかったメールに関しても、「その行政文書性を検討しているところで、出すか出さないかについても、まだ結論が出ていない」と前回とまったく同様の内容に終始し、「意思をハッキリさせて速やかに返答する」と言ったことなどなかったことになっている。

裁判長から「検討するって、なにを検討されているんですか?」「(メールが)あるという話が出てからも結構時間が経ってます」「訴訟が前に進まないので、態度を明確にしていただきたい」と厳しい言葉が届くたび、国側の代理人が頭を抱えるような仕草も見受けられた。

「進行がかなり停滞している。原告の問いかけすべてについて、次回までに必ず個別に対応を回答する」よう裁判長が指示をして期日は終わったのだった。

アベノマスクから考える安倍政治の本質

傍聴していて、訴訟に対する国の応対の姿勢には、あきれを通り越し、異様さすら感じざるを得なかった。

ただひとつ、間違いないのは、「アベノマスク事業の中身を絶対に国民に知らせてはならない」という強固な意志の存在だ。

訴訟を担当する谷真介弁護士は、一連の国の対応について、

「これまで国を相手とする裁判を多数担当してきましたが、このようなことははじめてです。国は裁判でなにを出すにも決裁が必要なので、準備に時間を要する場合が多いですが、みずから決めた期限は必ず守ります。今回、国が何度も期限に遅れ、はっきりとした回答をしないのは、日に日に反対が増える安倍元首相の国葬についての世論に影響してはいけないという忖度があるのではないでしょうか。法廷に出てくる代理人にはなにも権限が与えられておらず、上から『とにかく引き延ばせ』と言われ、頭を抱えてしまっているのではないか、とすら感じます」

と語る。

アベノマスク事業は、官邸官僚が「全国民に布マスクを配れば、不安はパッと消えますから」と安倍首相に進言したことから、現場とすり合わせることなく一方的にトップダウンで行われた事業だった。この裁判を通じて明らかになった業者とのメールを見てみると、厚労省は契約金額やマスクの中身の是非などそっちのけで、ただ単に調達することのみに腐心していたことがよくわかる。

結果、543億円がドブに捨てられた。

そして、事業の妥当性を検証しようにも、「全部捨てちゃった」と言ってはばからない。

そんな施策を行った安倍晋三元首相の国葬には概算で16億6000万円が費やされるという。

長年、国のお金の使い方について問題提起を続け、今回のふたつの訴訟の原告でもある上脇博之神戸学院大学教授は、

「国葬の費用が16億6千万円で収まるとは思っておりません。終わってみれば、もっと増えているでしょう。アベノマスクで税のムダづかいをしたにもかかわらず、国会での審議すらせぬまま、さらに国民の生活にプラスにならない事業にお金を投入する。安倍政権では重要な書類を捨てる、改ざんするという行為が多発しましたが、キッチリと検証されていないがゆえ、安倍政治の悪癖がいまも続いているということなのでしょう。国葬までやった人を批判することはより難しくなってしまう。なにも変わらない、変えようとしない現状には強い危機意識を持っています」

と話す。

全国民を巻き込んだアベノマスク事業の正当性がチェックされないまま、なかったことにされていいのだろうか。どこに問題点があったのかを精査したうえで、再発防止策を講じなければ、またぞろ同じことが繰り返されるに違いない。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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