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伊藤、杉田、日比野――全豪オープンで初戦突破した三者が、それぞれ辿った紆余曲折と切磋琢磨の道

内田暁フリーランスライター
キャリアハイを記録した時から約7年半――グランドスラムで勝利した伊藤竜馬(写真:ロイター/アフロ)

 日比野菜緒、伊藤竜馬、そして杉田祐一――。

 

 いずれも一時はグランドスラムの常連で、だがここ数年はランキングの下降や、届きそうでこの舞台に届かぬ戦いを続けてきた選手たちが、今回の全豪オープンで揃って初戦を突破した。

 日比野は予選を勝ち上がり、シングルスでは2年ぶりのグランドスラム出場。本戦勝利という意味では、2017年の全米オープン以来となった。

 伊藤は3年ぶりのグランドスラムで、勝利は2014年の全米が最後。

 そして杉田は、2018年の全豪以来のグランドスラム2回戦進出だ。

 100位返り咲きを明確な目標に掲げてきた日比野にとり、グランドスラム本戦はようやく戻ってきた大舞台であり、同時に、自分が居るべき場所だとの思いもある。

 昨年2月、国別対抗戦フェドカップで代表に選ばれた日比野、土居美咲、そして奈良くるみは、いずれも数年前にツアー優勝を経験しながら、その当時は100位圏外にランキングを落としていた。その時に3人は、「このうちの誰かが100位に戻ったら、他の二人も続く」とコーチ陣に発破をかけられる。

 果たして、一時はランキングを300位台まで落とした土居が昨夏に先鞭をつけると、日比野が9月にその土居を破ってツアー優勝し、100位目前までランキングを戻した。年内に掲げていたトップ100位復帰はならなかったものの、今大会では予選を勝ち抜き、自力で本戦の切符を掴み取る。迎えた初戦では、34歳のベテラン、彭帥(ポン・シューアイ)が終盤に痙攣したなかでの勝利ということもあり、「あんまり、自分のパフォーマンスに満足していない」と自己評価は辛め。「次はもっと良い試合をしたい」との言葉は、高い目的意識の表出でもあるだろう。

 

 今大会のドロー表を見ると、伊藤の名前の横には“WC”と書かれている。これは、ワイルドカード(主催者推薦枠)を意味する文字だが、実際には昨年11月の「ワイルドカード予選」で優勝し、自分の手で勝ち取った権利。そして今大会の伊藤は、自分にはこの場に居る資格があることを証明するかのように、初戦でストレート勝利をつかんだ。

 4年前の夏に古傷の右膝にメスを入れた伊藤は、そこからの約2年間、断続的な痛みと疑心暗鬼にも苛まれた。その間、同じ1988年生まれの杉田はツアー優勝し、グランドスラムやツアーで次々に結果を残していく。その同期の姿を横目で見、時に羨ましさと焦りを募らせながらも、「諦めずに」リハビリと練習に打ち込んできた。その時に改めて気がついたのは、「テニスが好きだ」という真理。今大会の初戦では、新たに磨きを掛けたボレーやバックハンドのスライスも駆使し、円熟味を加味したプレーを披露した。

 とは言え伊藤が最もやりたいのは、“ドラゴンショット”の異名を取るフォアの強打で攻めるテニス。

 2回戦の相手――ノバク・ジョコビッチ――以上に、その武器で挑む格好の相手は居ない。

 伊藤がキャリアハイの60位に到達した2012当時、杉田はランキング100位台に留まり、グランドスラム本戦にもなかなか届かぬ日々を過ごしていた。ツアーを主戦場とし、オリンピック出場も果たした伊藤に、羨望の目を向けたことを認めもした。

 さらにそこから数年経った頃、またひとり、杉田に刺激を与える人物が現れる。それが、今大会で一足先に2回戦に進んでいた、24歳の西岡良仁。若い西岡の無垢な野心や目標に邁進する姿勢、そして楽しそうにコートを走り回る姿が、杉田の闘志を賦活したという。

 その杉田がブレークスルーの時を迎えたのは、2017年。ツアー優勝やATPマスターズ1000ベスト8入りも果たし、キャリアハイの36位にも達した。なおそんな杉田の躍進は、その年に前十字靭帯損傷の大怪我を負った西岡に、復帰への大きなモチベーションを与える。そして杉田が、躍進後のスランプに陥った昨年、再び杉田に「若い選手には負けていられない」と思わせたのが、西岡だった。

 伊藤、杉田、西岡の3選手は、いずれも浮き沈みを経験しながらその波が重なることはなく、だからこそ互いに刺激を与える関係性を築く。そして今、ついにグランドスラムの舞台で3者は足並みを揃えた。

 それぞれが異なる道を辿りながら、今大会のステージに至った日本人選手たち。その彼・彼女たちが2回戦へ向かううえで共有するのが、「次の試合が楽しみ」の想いである。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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