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過去の教訓から手にした武器と戦術携えて、西岡良仁、フルセット制し全仏オープン初勝利

内田暁フリーランスライター
(写真:アフロ)

○西岡良仁[6-7(7) 6-0 4-6 6-2 6-3]M・マクドナルド●

 相手がスマッシュをネットに掛けた瞬間、飛び出す「カモーン!」の叫び。

 セットカウント1-2とリードされた第4セットの、第4ゲーム――。ブレークを奪い、試合の大きなターニングポイントとなったこの攻防にこそ、西岡のテニスの精髄が詰まっているかのようでした。

 同期のマクドナルドと西岡は、公私ともによく知る仲。その相手が高い打点を苦手とすることも熟知する西岡は、跳ねるボールを多用することを戦術の軸として、試合に入っていました。しかしこの日は、強風に煽られ黒い雲がコート上空をよぎる度に、降雨と共に空気の寒暖も入れ替わる奇妙な天候。雨が降ればボールは弾まなくなり、相手の得意な打点で攻められてしまいます。

 そのように攻められた時、西岡が多く用いたのが、高く打ち上げるロブでした。しかも、辛うじてラケットの先で引っ掛けたかに思われるボールも、測ったように相手コートの深くに落ちます。

 このボールに、マクドナルドは苦しみました。落としてグラウンドスマッシュで打てば拾われ、ダイレクトで打ってはミスを重ねます。冒頭に触れたブレークポイントでのスマッシュミスも、この日、何度か繰り返されたそのようなシーンの1つ。このプレーで流れをつかんだ西岡は、ファイナルセットでも主導権を手放すことなく、第4ゲームではまたも得意のロブでミスを誘ってブレークに成功。最後は相手のボレーがラインを割るのを見届けると、天を仰ぎ、喜びと安堵の交じる笑みと共に、勝利の味を噛み締めました。

 この、勝利を引き寄せた西岡のロブは、決して、偶然の産物ではありません。

 「あれ、すごく有効だと思ったのは3~4年前だったんです。絶対スマッシュでは打てないじゃないですか。一度落とさないと打てないので、取れる可能性も高くなる。なのであれを深く打てるようになれば、ディフェンス強いなって思って」

 彼がそのボールの有効性に気付いたのは、3年前のスフェファン・コズロフ戦で、相手に多用されて敗れた時だと言います。以来、ポイント練習でも意図的に高く上げるロブを打ち、身体に感覚を染み込ませてきました。

 3~4年前からの経験と学習ということで言えば、5セットマッチの戦い方も同様です。彼の中で苦い思い出として残っているのは、2016年全豪オープンの初戦で、クエバス相手に第1セットを飛ばしに飛ばし、エネルギー切れを感じた一戦でした。以降はその教訓を生かし、5セットマッチの試合では「追うべきボールと、捨てるところのメリハリ」をつけるプレーを意識。今回、フルセットにもかかわらず3時間8分という比較的短い試合時間だったこと、そしてこれまで苦しめられてきたケイレンを逃れられた理由も、まさにここにありました。

 1つのポイント、1本のラリーも無駄にしない彼のプレースタイルは、過去の1つの敗戦や悔いを無駄にせず、教訓としてきた集積です。今回手にしたフレンチオープン初勝利は、その象徴だと言えるでしょう。

※テニス専門誌『スマッシュ』のFacebookより転載

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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