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新時代の幕開けは、愛らしい笑みと共に――。テニス界が待ち望んだ、大坂なおみという牽引力

内田暁フリーランスライター
(写真:ロイター/アフロ)

 「新女王候補の誕生」、「ウイリアムズ時代の終焉」、「世代交代の旗手」――。

 この約10年間ほど、これらの言葉がテニスメディアで、幾度綴られたか知れません。自身も含め、世界中の記者やライターが、そのような修辞に溢れた記事を書いては、恥じ入る時を繰り返してきたように思います。

 

 それほどまでに待たれた新女王がついに誕生した時、それが大坂なおみだったことに戸惑いと驚きを覚え、一方で、これまでの出来事を思い返せば、彼女しかありえなかったようにも思えます。

 全豪オープン決勝戦でペトラ・クビトワをフルセットで破った大坂は、昨年9月の全米オープンに続き2度目のグランドスラム優勝者となり、同時に、世界ランキングでも1位に座しました。グランドスラム初優勝者が、続くグランドスラムをも制するのは、2001年のジェニファー・カプリアティ以来のことです。

 昨年のこの時期に72位だった大坂が、世界1位まで駆け上がったそのスピードに、周囲は称賛の声を送ります。ですが会見で「自分でも驚くほどの疾走感か?」と問われた21歳は、表情を変えずに「いいえ」と答えました。

 「私はいつでも、グランドスラムで優勝したいと思っていた。私の時間は、他の人達よりゆっくり流れているのかもしれない」。

 確かに彼女はグランドスラムに出始めた頃から、「目標は優勝」と公言してはばかりませんでした。

「去年の全豪も、私は優勝するつもりでいた。だから、(4回戦の)ハレプ戦のブレークポイントで犯したクロスのミスショットの悪夢に、しばらく捕らわれていた」

 そういう悪夢は、テニス選手なら誰にでもあるものよ……今大会を制した後、そう言い彼女は小さく笑いました。

 大坂にまつわる悪夢といって誰もが忘れられないのが、2016年全米オープンの3回戦で、マディソン・キーズに喫した最終セット5-1からの逆転負けでしょう。

 その試合後の、会見でのこと。「これは経験の浅さが招いた敗戦か?」と問われた彼女は、「私はそう思わない」と即答します。

 「本当に力のある選手は、突然現れても力を発揮し、優勝することができると私は思っている」

 その言葉は、若さを理由に敗れた自分を許すことを、拒絶しているようでもありました。

 とはいえ彼女はもちろん、経験を軽視している訳ではありません。

「全豪オープンは、私が初めて予選を突破し出場したグランドスラム。だから、良い感覚がある」

 今大会の開幕前にも、彼女はそう言っていました。

 そのグランドスラムデビュー戦の3年前……予選を突破した彼女は、表情を全く崩さぬまま、会場の片隅の通路で取材を受けてくれました。

「私、顔の筋肉が動かないみたいなの。本当は嬉しいんだけれど」。

 そう言い、指で無理やり口角を持ち上げた彼女の顔が、指の力を借りずとも内面を映したのが、本戦のドローを見た時のこと。

 まずはセレナ・ウイリアムズの名前を見つけ、セレナの山には予選突破者が入らないことを知った彼女は、「決勝まで行かないと、セレナと試合できない~」と悲しそうに顔をしかめたのです。

 その2年8ヶ月後、全米の決勝でセレナを破った彼女は、今大会でも頂点に立ったことで、“ポスト・セレナ”と誰もが確信する存在になりました。

 「世界1位ということは、女子テニス界のリーダーになるということだけれど、その準備はできている?」

 優勝後、顔なじみの記者に問われた彼女は、口をへの字に曲げて目尻を下げ、親に怒られた子供のような愛らしい表情を見せました。

 

 多くの人々が期待する、大坂時代の幕開け――その始点が、このなんともチャーミングな表情だというのもまた、新世代による、新時代の始まりを象徴するようでした。 

※テニス専門誌『スマッシュ』のFacebookより転載

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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