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BNPパリバオープン:「スコア以上にタフな試合」を制し、大坂なおみ16強進出

内田暁フリーランスライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

■3回戦 大坂なおみ 6-3, 6-3 S・ビッカリー■

 太腿をピシャリと叩く音が、1万6千人を収容するアリーナの、上段にまで聞こえるほどに鳴り響いた。第1セットの、第9ゲーム――。試合を通じ「イライラしてしまった」自分の心を落ち着け、なおかつ闘志を掻き立てるかのように、大坂なおみは腿を叩いて拳をかためる。そこからの大坂は、5ポイント中4ポイントを奪ってブレークに成功。予選あがりで勢いのある小柄なファイター相手に、リズムを作るのに苦労しながらも、第1セットをつかみとった。

 第2セットも、試合の様相は変わらない。ビッカリーは高い走力を生かして大坂の強打を返し続け、速いテンポで次々にサーブを打ち込んでくる。先にブレークした大坂だが、直後のゲームでミスを重ねてゲームを献上。「相手はこちらの球威を利用するのが凄く上手なので、速いボールではなく、ゆるいボールも使うことを考えていた」と後に明かした大坂だが、実際には力でねじ伏せようとするかの様に強打しては、ミスする局面も目立つ。ボールをネットに掛けて発する叫び声に、あるいは自分を責めるようにしかめる表情に、泡立つ心が映し出された。

 その流れを変えるために大坂が切ったカードは、WTA(女子テニスツアー)のみで認められている、オンコートコーチングである。ゲームカウント4-3となった場面で、大坂はコーチをベンチに呼んだ。テレビ中継の集音マイクは、「全てのポイントで諦めずに戦うんだ。相手は君のプレーにはついていけない」と説くコーチの言葉を拾ったが、当の大坂は「良いプレーをしているとか、サーブは良いとか……そんな感じのことをコーチは言っていたけれど、あまり良く覚えていない」と恥ずかしそうに打ち明ける。この時の彼女に必要だったのは、自分を落ち着けるための時間だったのだろう。

「私が考えていたことは、チャンスが来るまでボールをしっかり打ち返す……それだけだった」

 果たして次のゲームで彼女は、自らに言い聞かせた言葉を実現する。必死に走っては確実に相手コートに打ち返し、甘いボールが来るのを待った。攻めたい本能を封じるようにして奪ったブレークが、勝利という最大の果実を彼女にもたらした。

 試合後の記者会見での大坂は、記者から6-3,6-3のスコアを聞かされると、「えっ? もっと競ったスコアだと思った」と小さく驚きの声をあげた。

「今日、ストレートセットで勝てたことがとても嬉しい。以前の私だったら凄くイライラして、必要以上に長い試合にしてしまったと思うから」。

 

 以前に彼女に「良いプレーで負けるのと、悪いプレーで勝つのとどっちが嬉しい?」と尋ねた時、「良いプレーで負ける」との答えが帰ってきたことがある。本来の彼女はそれほどに、理想のプレーを追いたい完璧主義者。それでも今は、たとえ泥臭くても勝つことを彼女は欲し、その手法も会得しはじめた。

 この日の試合での、本人の意識と実際のスコアとの間に存在した懸隔こそが、20歳になった大坂の成長の幅を示している。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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