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全豪オープン車いすテニス男子決勝:“新たな国枝慎吾”が勝ち取った「今までで一番うれしいGS優勝」

内田暁フリーランスライター
(写真:ロイター/アフロ)

○国枝慎吾 4-6,6-1,7-6(3) S・ウデ

 天を仰いで流した涙は、“絶対王者”が乗り越えてきた不安や焦燥、葛藤の深さを物語っていました。

「グランドスラムは20回以上取っていますが、今回が一番うれしいですね」。

 歓喜の瞬間から、およそ1時間後。優勝会見での国枝慎吾は、そう断言することをためらいませんでした。

 決勝戦でネットを挟むステファン・ウデは、過去50回以上対戦してきた最大のライバル。「彼との試合は、他の選手とのそれとは違う感情が湧き上がる」と言うほどに、国枝が特別視する存在です。

 果たしてその好敵手との決勝戦は、予想通りの死闘となりました。息苦しいほどの酷暑のなか、国枝がボールを打つ際に放つ叫びと、車椅子がコートを駆ける金属音が響くマーガレットコート・アリーナ。両者セットを分け合い迎えた第3セットでは、パワーに勝るウデが5-2とリードを奪いました。

 それでも国枝は、「自分を信じていた」と言います。第9ゲームをブレークバックするも、続くゲームでは相手のサービスゲームながら面した、3本のマッチポイント。それでもそのたびに、彼は「オレは最強だ!」と自分に言い聞かせました。それは2006年、国枝が初めて世界1位に座した時に、メンタルトレーナーのアン・クインと共に築いたフレーズ。そして今大会、肘の手術から復帰し再び世界一を目指す彼は、ロンドン・パラリンピック以来5年半ぶりに、クインに帯同してもらっていたのです。

 そのクインと共に王者のメンタリティを再構築した国枝は、この試合最大の危機をも攻めのテニスで切り抜けます。一進一退の攻防の末に最終セットがタイブレークにもつれ込んだ時、精神的にもテニス面でも優位に立っていたのは、国枝だったでしょう。中盤から終盤ではバックでウイナーを連発。そしてチャンピオンシップポイントを勝ち取ったのは、最も得意とするフォアでした。

 2015年全米以来となる優勝は“王者の帰還”のように思えますが、ケガから復帰してきた国枝は、これを“新しいスタート”だと定義します。  

「復帰を果たしたシンゴ・クニエダが、次に向かうステージはどこなのか?」

 地元記者にそう問われた時、彼は満面の笑みを浮かべて答えました。

 New SHINGO is coming!――新しいシンゴがやってくるんだ――と。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookより転載

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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