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全豪OPレポート:「ポジティブ」な姿勢の背後にユーモアを解するコーチあり? 大坂なおみが4回戦へ!

内田暁フリーランスライター
(写真:ロイター/アフロ)

■女子シングルス3回戦 ○大坂なおみ 6-4 6-2 A・バーティー

 勝利が目前に迫った第2セットの第7ゲーム――ショットをミスした彼女の顔に、無邪気な笑みが広がりました。

「だって、こんなに多くの観客がいて、こんなにみんなが熱狂するなかで試合する機会なんて、そんなにたくさんないと思って。しかもアシュリー(バーティ)は、世界のトッププレーヤー。ポイントを失ってもイライラする必要はない。この状況を楽しみ、同時に集中しようと思っていたの」

 笑顔の訳を、後に彼女はそう明かしました。

「イライラしたりネガティブになる要素なんてどこにもない! 人生は素晴らしい、天気も素晴らしい、楽しくやろうよ! って……彼女にはいつもそう言ってるよ」

 昨年末から大坂のコーチに就任したサーシャ・バジンは、大坂との「取り組み」の内訳を明かします。セレナ・ウィリアムズにアザレンカ、そしてウォズニアッキのヒッティングパートナーを歴任した33歳の若きコーチが、大坂に幾度も伝えてきたのは「ラリーで焦らず、打ち合いのなかからチャンスを見つけて攻めること。そして常にポジティブな姿勢を崩さず1ポイントごとにファイトすること」。それは言葉にすればシンプルですが、飲み込ませるのは困難な哲学。それでもバジンには、彼女を説得するに十分すぎる経験と、彼曰く「正しい言葉」がありました。

「僕はセレナのボールを8年間受けてきた。ビカ(アザレンカ)のヒッティングパートナーもやった。その僕が言うんだから間違いない。僕が打ち負けるボールを打つ、君と打ち合える女子選手は存在しない。君が普通に打ったボールでも、十分に大概の選手をねじ伏せる力がある」

 敬愛するセレナを引き合いに出したその言葉は、大坂の心に素直に染み込み、自分を信じる根拠となったでしょう。確かにこの日の試合前の練習でも、大坂の強打にバジンが差し込まれる場面がありました。「すごいな、オイ!」。おどけたような彼の笑顔と言葉が、大坂の前向きな姿勢の根幹にあったようです。

 

 その新師弟の取り組みは、3回戦のバーティー戦でも顕著に見ることができました。例えば第1セットの、ゲームカウント5-4からの大坂サービスゲーム。バーティーの会心のバックのウイナーに、マーガレットコートアリーナを埋め尽くした地元のファンは応援歌を歌い始めます。勢いに乗るバーティーがポイントを重ね、ブレークの危機に面する大坂。しかもこの場面でバーティーは、バックのスライスをしつこく重ねて、大坂のリズムを崩しにかかります。それでも大坂はじれることなく、確実にボールを打ち返し、そして相手のボールが浅くなると見るや、逆クロスに強打を叩き込みウイナーを奪いました。

「相手がスライスを打った時は、無理をしないことを考えていた。相手もスライスでウイナーを決めにきているわけではないのだから、ミスをして楽にさせてはいけないと思った」

 そのような我慢のテニスの背景には、オフに身体を絞り向上させた、スタミナとフットワークもあるでしょう。いかなる場面でも戦う姿勢を崩さず、コーチがお墨付きを与えたストロークで徐々に優勢に立ち、最後は強打で会心のウイナーを奪う――そのテニスを1時間10分貫いた末に、最終ゲームでは本能を解き放つように高速サービスを連発する大坂。最後は189km/hのエースを叩き込むと、ファミリーボックスに向けガッツポーズを掲げました。

 試合直後のオンコートインタビューで、20歳のベスト16進出者は「すごくうれしいけど……皆さんが応援している選手に勝っちゃってごめんなさい」と侘びてペコリと頭を下げる。その愛らしい姿と言葉に、地元ファンも一斉に暖かな笑い声と拍手で応じました。

 そのようなユーモラスな言動も、果たして新コーチの影響でしょうか?

「どうかしら、サーシャとはいつも皮肉っぽいジョークばかり言い合っているから。私のジョークは通じにくいから封印していたんだけれど、サーシャはわかってくれる数少ない人なの」

 そんなユーモアの理解者でもある新コーチと共に、ついに打ち破ったグランドスラム3回戦の壁。その先に待ち構えるハレップとの戦いの舞台には、当然センターコートが用意されるでしょうが……、

「どうかしら? 大会は私たちの試合を、5番コートに入れるんじゃない?」

 そう言い浮かべる、無邪気で悪戯っぽい笑み。

 封印していたというジョークも最後は少しばかり開封し、「楽しみ」な世界1位との戦いに挑みます。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookより転載。連日テニスの最新情報を掲載

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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