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【シンシナティ・マスターズ】“笑顔“と“静ひつなまでの集中力”――喜び抱え戦う杉田が初のベスト8へ 

内田暁フリーランスライター

シンシナティ・マスターズ3回戦

○杉田 6-7(0),6-3,6-3 K・ハチャノフ

 相手の豪快なフォアを見送る横顔に、笑みが浮かんだように見えました。

 ベースラインに向かい、時速200キロを超えてくるだろうサービスを返すべくラケットを構えたその顔も、やはり笑っているかのよう。

 さすがに、そんなはずはないかな……と思っていたら、試合後の杉田は、満面の笑みで言いました。

「いやぁ、楽しかったですね。伸び盛りの若い選手と、こういう舞台で対戦できるのはなかなかないことですし。彼もガンガン打ってきて、それを何本でも返してやるぞと思っていたので……本当に楽しくできました」。

 見間違いではなかった。緊迫の試合にもかかわらず……いや、大舞台での競った試合だったからこそ、杉田の頬には、自然と笑みが浮かんでいたのです。

 28歳の杉田対21歳のハチャノフの一戦は、立ち上がりから“ATPマスターズ3回戦”に相応しいハイレベルで、同時に観客を引き込むエンターテインメント性に満ちた戦いとなりました。ハチャノフがボールを叩き割るように強烈なフォアを打ち込めば、杉田は鋭いカウンターを左右に打ち分け、機を見てはネットに駆け寄り爽快にボレーを放ちます。

「エクセレント!」「Very Clever!(うまい!)」

 両者がウイナーを決めるたびに、客席のそこかしこから、そんな声があがりました。

 しかし結果的には、第1セットはタイブレークの末にハチャノフの手に。しかも終盤には3連続ブレークポイントを逃し、タイブレークでは1ポイントも取れぬまま、最後はダブルフォールトで失った杉田。傍目にはどう見ても“嫌な流れ”に見えました。

 しかし、コートに立つ杉田の胸中を満たす感情は、周囲が思うそれとは異なっていたようです。

「逆にあれでリラックスできました」

 セットを失い後がなくなったことですら、全ての瞬間に楽しみを見いだす彼にとっては挑戦であり、試合を楽しむ要因になったというのです。そして実際に杉田は、プレーで「リラックス」の効能を証明しました。第1セットでは苦しめられた相手のサービスのコースが徐々に読め、タイミングが合いはじめたことがリズムを築く大きな一因だったでしょう。その杉田のプレッシャーに屈するように、第2ゲームをダブルフォールトで献上するハチャノフ。その後、杉田は危なげなく自身のゲームをキープして、第2セットを取り返します。

 そうして第3セットに入った時、両者がまとう空気には、明らかな差が見られました。ボールを打つ際に声を出すこともなく、米国の大会特有の喧騒もまるで耳に入らないかのように、静ひつなまでの集中力で自らのプレーに徹する杉田。

 対するハチャノフは、主審の判定に神経を尖らし、杉田の深いストロークに差し込まれる度に、スタンドのコーチたちに不安そうな視線を送ります。特に、ハチャノフ最大の武器であるはずのフォアが、試合が進むにつれ崩れていくのは明らか。それは彼が乱れたのではなく、杉田により“崩された”がゆえの帰結――。

「また来週にも対戦する可能性もあるので、メディアで言う訳にはいかないのですが……」

 試合後に、そう前置きした上で杉田が語ります。

「完全につかんだというか……。途中から、(相手の)フォアのあるところが崩れ始めていたので、そこに完全に付け入って集中して狙いました」。

 相手の弱点を見定めた“伸び盛りの28歳”に、疾走を緩める要因はありません。最後は、トレードマークとも言える豪快なスマッシュを叩き込むと同時に、こみ上げる感情を全身で噛みしめるように、両手を握りしめその場に深くしゃがみ込む。

「Unbelievable!(信じられない)」

 コート上のインタビューでは、破顔一笑、弾む声が響きました。

 試合から約1時間後の会見でも、杉田は「本当にうれしい」と、まだ興奮冷めやらぬ様子。しかしそれは、浮かれているというのとは、また異なる種の高揚感。

「この大舞台でトップ選手と戦えるのは、自分をアピールできる場所でもある。楽しみながら、もちろん、勝ちにいく」。

 その「勝ちにいく」戦いで杉田を待つのは、世界11位のディミトロフ。

 世界に「自分をアピール」するには、格好の相手です。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookより転載

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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