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全仏オープン予選:「もうダメだ……」からの逆転劇! 死闘乗り越えダニエル太郎が3年連続で本戦へ

内田暁フリーランスライター

○ダニエル太郎 75 67(1) 76(4) ルブレフ●

スポーツドリンクパウダーをペットボトルの水に溶かし、次のチェンジオーバーに備えてベンチに置く姿は、まだまだここから、試合が長く続くことを暗示しているかのようでした。

第2セットをタイブレークの末に落とし、ファイナルセットで0-3とリードされたチェンジオーバーの場面。

「もうダメだ……終わった」

数日前から風邪の症状が出始め、この日も第2セットの途中で体力の限界を感じ始めていたダニエル太郎は、この時点で試合の行方は決したと半ば諦めていたと言います。それでも身体に染み付いた習慣が自然と遂行されるように、ひとたびコートに立てば彼の足はボールを追い、しつこく、そして深く打ち返していきました。

そうして試合が進むにつれ、ダニエルの目に見えてきたものがあります。

「僕が良いボールを打てば、相手も走れなくなってきている……」

その推察を確証に変えるように、フォアの3連続ウイナーで第4ゲームをキープ。彼の心に「いけるぞ!」との思いが芽生え始めた瞬間でした。

ダニエルが予選決勝で対戦したルブレフは、ATPが次世代の担い手として推す期待の若手。怖いもの知らずの19歳は破壊力に満ちたフォアを武器に攻め、第2セットのダニエルはその勢いに苦しみました。

しかし試合終盤の競った局面に入った時、「こういう苦しい場面でのメンタルや賢さは、まだまだだ」と、ダニエルは相手の経験不足を感じ取ります。試合開始から2時間30分以上が経過し、両太ももにケイレンを覚えながらも、彼はいつものように「ベースラインからの守備と、チャンスボールが来た時には思いっきり攻める攻撃性のコンビネーション」を重視。3-5からの相手サービスでは、フォアの強打をダウンザラインにねじ込み、咆哮とともに土壇場でブレークバックに成功しました。

ところが最大の危機と試練が、この直後のゲームでダニエルを試します。チャンスボールを大きくふかしてしまい、自身のサービスながら、相手に許した2本のマッチポイント……。

しかしここでも、彼のプレーはブレません。フォアのクロスでまずは1本危機を凌ぐと、相手のミスを挟んでさらにフォアで2連続ウイナー。勝利をつかみそこね苛立ちを隠せなくなった19歳を尻目に、窮地を脱したダニエルは試合が進むにつれ精神が研ぎ澄まされて行くようでした。もつれこんだタイブレークでも、目の前のボールを追ったダニエルが主導権を握ります。

試合開始から、約3時間――。相手のボールがラインを割り熱闘に終止符が打たれると、ダニエルはその場に崩れるように、赤土の上に倒れ込みました。

「何度も終わったと思ったので、勝ったのは信じられないです」

試合後直後のダニエルは、喜びと安堵が入り交じる笑みを浮かべて、吐露します。

「セカンドセットで終われるかなと思ったけれど、5-5になった時に『この試合から逃げたい』とちょっと思ってしまって……」

今回の全仏予選はこの試合のみならず、「絶対に入れる」と思っていた本戦ダイレクトインを逃したため、精神的に厳しい戦いであったことを彼は打ち明けました。それでも予選に入る前には、雑念を振り払うようにバレンシアで激しい練習に打ち込み、自力でつかみとった本戦の切符。

うれしさと達成感があるのは、間違いない。それでも既に5度のグランドスラム本戦を経験するダニエルは、「メインドローだからという感動は、そんなにない」。

まずは体力の回復につとめ、昨年に続く勝利を狙います。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookより転載。連日、大会のレポート等を掲載しています

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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