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“華の94年組”が全仏オープンに揃ってデビュー。「一番のライバルで親友」の2人でダブルス勝利もゲット

内田暁フリーランスライター
試合中に作戦を話し合う穂積(右)と日比野(写真:アフロ)

華の94年組――。

いつ誰が言い出したか、日本女子テニス界には、いつからかそう呼ばれる選手群がある。

ジュニア時代から結果を残し、ライバルとして、あるいは時にはダブルスパートナーとして、手垢のついた表現ではあるが“切磋琢磨”してきた、1994年生まれの同期の桜。

しかし、他人から見れば華やかな世代も、その中を生きる当事者にしてみれば“イバラの94年組”だ。彼女たちは、ナショナル強化選手やジュニアフェドカップ日本代表など、いつも限られたパイを複数で争ってきた。

今年の全仏オープンで、その94年組の内3選手が、本選の舞台に立った。

日比野菜緒は、シングルスとダブルスで。穂積絵莉と加藤未唯はダブルスで。ちなみに日比野は昨年10月のタシケント大会のシングルスで、穂積と加藤は今年4月にポーランド大会のダブルスで優勝している、3人共に、堂々たるWTAツアータイトルホルダーだ。

穂積と加藤にとって今回の全仏は、単複含めて、初のグランドスラム本選出場である。

意外にも、この3人の中で現在シングルスランキングが最も高く、グランドスラム本選にも一足先に出場している日比野は、ジュニア時代のランキングや実績では、3人の中で最も低い選手であった。

「94年組には、強烈なライバル意識があります」

同期の出世頭となった今も、日比野は、そう断言することをためらわない。ジュニア時代はライバルたちの後塵を拝し、穂積らがナショナル強化選手に選ばれる傍らで、「ナショナル選手とそれ以外の間には、きっちり線が引かれている」と劣等感を覚えていた。独自の伝手を頼ってオーストラリアにテニス留学するも、プロか海外の大学進学かで迷う。逡巡の裏には、日本の同期への対抗心や葛藤があった。結局は、その想いを察した母親の「だったら一度日本に帰って、彼女たちと勝負したらいいじゃない」の言葉に背を押されてプロに転向。この一年間の躍進にも、昨年4月に穂積に喫した敗戦が、スタート地点として存在した。

そんな日比野が“ダブルスパートナー”という形で、穂積のグランドスラム初出場をアシストしたのも、やはり宿命的な縁だろうか? 穂積は普段は加藤と組む機会が多いが、今回の全仏に関しては、2人の合計ダブルスランキングでは本選に入れるか否かの当落線上。そこで、“シングルスランキングも、ダブルスエントリーに使える”というグランドスラムルールを利用し、確実に入れるだろう日比野と組むことにした。

「日比野さんのシングルスのランキングを使わせてもらいました」

穂積がそう言って笑えば、すかさず日比野が「お陰で私も勝てたからね」と笑顔を返す。そう……2人は今回の全仏で、初戦を突破しダブルス初勝利も手にしたのだ。

試合後は、「初勝利のお祝いで、(2人が好きな関ジャニ∞の)DVDを一緒に部屋で見ようか?」とキャッキャと声を上げる2人の姿は、仲のよい女友達そのもの。だが互いにライバル心を、隠そうとすることもない。日比野が穂積を「正直、94年組の中でも一番意識している存在。一言で言ったら、一番のライバルで親友です」と定義すれば、その言葉を横で小さくうなずき聞いてた穂積も、「私もそうなんだよねぇ」と、まるで長年連れ添った夫婦のように相槌で返す。

コートの外では何でも話し、関ジャニのライブにも一緒に出かける仲。ただし「テニスで抱えている悩みは、打ち明けない」と、2人ともに声を揃える。そこはプロのアスリートとして、越えてはならない矜持の一線。それでも「お互いに、打ち明けられない悩みがある」との想いは共有している。

穂積と日比野のペアは2回戦で、世界最強ペアのミルザ/ヒンギス組に敗れ、今年のローランギャロスでの全日程を終えた。

今回ダブルスを組んだことを通じ、何かお互いの新発見はあったか――?

そう問われると、日比野は「今日の試合で、絵莉が緊張しているのを感じて。絵莉も人の子なんだなって思った」のだと言った。それは、ジュニア時代から場馴れしており「国別対抗戦などでも、彼女は全然緊張していないな…」と羨望の目を向けていたライバルにして親友の、あまり見ることのない一面だった。

一方の穂積は、「いつも組んでる加藤選手に比べると、日比野選手はコミュニケーション取りやすかったかな。未唯、何言ってるかわからないことないです?」と言って笑いを誘った。

ちなみに、現場に居ないがゆえにオチに使われてしまった加藤の名誉のために言っておくと、ポーランドで穂積と加藤がダブルス優勝した時は、コーチも帯同しない2人だけの遠征の中、互いに話し合い、励まし合いながら頂点に立ったのである。

「今回、94年組が一緒に出られて、嬉しかったか?」

「刺激になります」などという安易な答えを予想し聞いてみたが、日比野は「私は、特別には……。居てくれればいいし、でも居なければ居ないで別に」と、そこはシビア。

「しょうがないです。この年に生まれてきちゃったんだから」

さばさばした口調で、穂積が言った。

確かに、イバラの94年組を生きる彼女たちにしてみれば、こういう状況は既に慣れっこで、「しょうがない」境地なのだろう。

ならば我々外野が、勝手に「華の94年組」と呼び、いつの日かの百花繚乱を期待するのも、「しょうがない」と受け入れて(あるいは軽く流して)下さいませ。 m(_ _)m

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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