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ツアーファイナル現地リポ4 錦織圭、フェデラーに敗れるも「自分らしいテニスを取り戻した」価値ある接戦

内田暁フリーランスライター
会場内のゲートを飾る錦織とフェデラー両選手の写真

こんな錦織圭を見たかった!――きっとこの試合を見ながら、誰もがそう思ったのではないでしょうか。

今から9年前……初めて一緒に練習をした時からフェデラーが「お気に入りだった」と言う、錦織のパワフルかつ美しい弧を描くフォアのストローク。その武器が、この日は幾度もフェデラーのコートに刺さりました。最近はやや鳴りを潜めていたバックのダウンザラインも、何度もフェデラーの横を抜けていきます。青白い光に照らされて、コートに映し出される躍動する錦織の影。キャンパスに筆を走らせるように硬軟あらゆるショットがコートを駆け、その度に響く、シューズがコートを擦る摩擦音。

濃密で幸福な時間は、最終的には2時間10分、5-7、6-4、4-6のスコアで終焉を迎えました。最後の最後、勝者と敗者を分かちたポイントは、わずか3ポイント――。それでも錦織にとってこのフェデラー戦は「自分のテニスが取り戻せた」大きな契機になったのは間違いないでしょう。

良いプレーをしながらも第1セットを一進一退の攻防の末に錦織が落とし、第2セットも1-4とリードを許した時、勝敗は決したと多くの人が感じたのではないでしょうか。

しかしここから、錦織の逆襲が始まります。

相手のサービスコースを読み切ったかのように、ボールに身体ごと飛びこみフォアで、そしてバックで電光石火のリターンを叩き込む。第7ゲームを、フォアのダウンザラインでブレークした瞬間、錦織はファミリーボックスに拳を突き上げ、「ヤー!!!」と気合いの声を上げました。

「正直、(追い上げた時の状況は)あんまり覚えてないですね。特に熱も入っていたので、今日は。試合も内容があんまり思い出せないくらい集中していました」

後に錦織は、そう振り返ります。5ゲーム連取したその間に、落としたポイントはわずかに6。錦織はこの大会、フェデラーからセットを奪った最初の選手となりました。

第3セットもまるで第2セットを焼き直したかのように、1-4とリードされながらも、再び追い上げ4-4に追いつく錦織。第2セットの再現なるか――会場のボルテージも最高潮に達します。

しかしそのわずか2ゲーム後……幕引きの時は、幾分唐突に訪れました。最終ゲームでダブルフォールトを機に、錦織は3連続失点を許してブレークを……つまりは、敗北を喫しました。

「徐々にファーストが入らなくなった。ブレークされたゲーム……特に最後の方は、自分のサービスゲームで時間をかけすぎたのもあったので、そういうのも追い込まれていったんだと思います」

チャンスがありながらの敗戦にうなだれながらも、彼は「自分らしいテニスを取り戻したのは大きいし、満足のところもある」と言いました。試合を通じ、フォアで奪ったウイナーは12本。これは、フェデラーの6を大きく上回ります。バックのウイナーも、フェデラーの5を上回る7本。特に第3セットの第4ゲームで、コート外に追いだされながらも軽やかに片手で打ち返したバックのダウンザラインへのウイナーは、今大会最高の1本に数えられるものではないでしょうか。

「やっぱり自信はついてます。この3試合、全部簡単にやられてたらまた話は別でしょうが、モヤモヤしていた中でまたこうやってベルディフに勝ったり、今日も良い試合が戻ってきたり。収穫の方が多かったので、ポジティブにとらえてオフシーズン頑張りたいと思います」

今大会最後の会見の、その最後に、錦織は前を見て言いました。

結果だけ見れば、昨年の準決勝進出には届かぬ、ラウンドロビン敗退に終わった今大会。しかし得たものは……そしてO2アリーナの観客の心に刻んだ衝撃は、あるいは昨年より大きかったのでは――そんな風に感じた、錦織の2015年シーズン最後の試合でした。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfaceboookより転載。連日、テニスの最新情報を掲載しています。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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