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全米オープン予選決勝レポート:二つの故郷で得た経験と自信を生かし、日比万葉が本戦へ

内田暁フリーランスライター

2日前に突如襲われた激しい腹痛が完全には癒えず、「緊張する間もない」状態で入っていた全米予選の決勝戦。

そんな彼女も勝利に向かう最後のサービスゲームでは、流石に「足が震えた」と言います。

試合終了から数分後、多くのファンへのサインや記念撮影に応じた後の日比万葉は、「まだ、本当かどうかよくわからない感じです」と笑い、顔を紅潮させました。

もちろん、彼女が苦しみながらも3試合を勝ちぬき、全米オープン本戦出場を決めたのは、紛れもなく「本当」です。

日比が予選決勝で対戦した相手は、全仏オープンベスト8の実績も持つソラナ・チルステア。現在は176位と低迷しているとはいえ、わずか2年前に彼女を21位に到らせたフォアの強打は、依然、当たれば手のつけられない威力を誇ります。

しかし日比は、立ち上がりから緩急をつけてその強打を封じ、安定感に難ある相手から巧みにミスを引き出しました。互いのブレークで幕を開けた試合でしたが、2-1からのサービスゲームをラブゲームでキープしたあたりから、日比が試合を支配します。特にこの日の日比は、セカンドサービスでポイントを奪う場面が多くみられました。バックに高く跳ねるキックサービスを叩こうとしては、ミスを繰り返チルステア。5-1から5-4まで追い上げられヒヤリとする場面がありながらも、第10ゲームではバックのスライスで相手の体勢を崩し、フォアで仕留めるパターンでポイントを重ねます。第1セットのセットポイントでは、この日唯一のエースをセンターに叩き込み、まずは第1セットを奪取しました。

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第2セットに入るとチルステアはプレーをやや変え、ボールを叩くよりも、ミスなく返すことに重きを置いてきました。しかし腰を据えた戦略的な打ち合いになれば、日比に軍配が上がります。2-2からの第5ゲーム最初のポイント。浅いボールに誘われたようにチルステアが前に出てきたところを、日比が片手のバックを一閃。鋭い回転の掛かったロブをチルステアは追うこともなく、諦めの色のにじむ目で、ボールが自分のコートに落ちる様を見届けました。

この一打が事実上の勝敗を決めたでしょうか、フォアで攻め立てた日比がブレークに成功。その後、日比は相手に一度もブレークポイントを許すことなく、一気にゴールラインを駆け抜けました。

日比のプロテニスプレーヤーとしてのキャリアは2年前、この全米オープンジュニアの部でベスト4に躍進し、その年末にプロに転向したのを嚆矢とします。しかし昨年は様々な変化の中で思うような結果が残せず、苦しいシーズンを過ごしました。

その彼女に一つの転機を与えたのは、今年4月から5月にかけての、約1カ月の単身日本“遠征”。日本は母国とはいえ、2歳の時にアメリカに渡った彼女にとっては、新幹線のチケットを買うのも福岡や軽井沢の街を一人で歩くのも、ほぼ初めての体験でした。しかしその孤独な時間から彼女は多くを学び、自分と向き合い、「精神的に強くなれた」のだと言います。

そうして得た糧を育て開花させたのが、彼女の育ったアメリカの地で開催される、世界最大のテニス大会。

今回の全米オープン本戦出場……それは二つの故郷で得た経験と自信が融合し、大きく成長した証でした。

テニス専門誌『スマッシュ』facebookから転載。連日、テニスの最新情報を掲載しています

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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