Yahoo!ニュース

全米オープン3日目現地リポート:対策万全の伊藤竜馬、相手の棄権で1回戦突破

内田暁フリーランスライター

■6-2,3-6,5-7,4-1(相手のリタイア)で勝利し、全米オープン初の初戦突破■

セットカウントで1-2とリードされ、第4セットでも先にブレークダウン。敗戦濃厚のこの状況でしかし、相手が足をケイレンさせ、立つことも出来ずに棄権する――。

ドラマチックな突然の幕切れは、単純に結果だけ見ると、棚ぼた的な勝利に捉えられるかもしれません。しかしその内訳を子細に追えば、それは経験や努力に裏付けされた、様々な要因が折り重なった帰結であることがわかるでしょう。

今回の全米オープン予選を突破し本戦出場を決めた時、伊藤は「プロで長くテニスをやってきて、今が一番、周りが見えている」と断言しました。その「周り」には、ツアーの回り方や試合への入り方、そして試合中の対戦相手の様子など、あらゆる要素が含まれるでしょう。今日の伊藤の勝利は、そんな彼の成長の証でもあります。

初戦の対戦相手のスティーブ・ジョンソンは、約1カ月前のニューポート大会で敗れた相手。しかも試合の途中で伊藤は転倒し、ヒザを痛めています。その因縁の相手との再戦にあたり、伊藤は「相手の弱点だと思われがちなバックを攻めるのではなく、フォアにも打って振り回す」との作戦を立てていました。それは、前回の対戦では相手のバックを狙った結果、むしろバックのスライスに苦しめられたためです。そこで今回は左右に打ち分け、相手を走らせることで勝機を見いだそうとしていました。

暑さへの対策も、万全でした。過去に、暑さやケイレンに苦しめられた経験を持つ伊藤は、今回は「小まめな水分補給を心がけた」と言います。また伊藤自身も、今日の試合の第3セット終盤ではケイレンに襲われかけましたが、「他のことを考えてリラックスし」、窮地を脱したと言います。そんな彼の究極のケイレン対策は、なんと「笑うこと」なのだとか!? 「科学的に裏付けがあるわけではないんですが、笑うと自分の中でリラックスできて、筋肉がスムーズに動く感じになるんです」というのが、“タツマ流ケイレン撃退法”でした。確かに第3セットの終盤では、ピンチにもかかわらず伊藤が笑っていたので、少し不思議に思ったものです……。

さらには、今大会では既に何人もの棄権者が出ていること、特に地元アメリカ勢に多いことも、伊藤の頭には入っていました。

「やはり地元で期待されて、緊張もあるのだろう」。

そのような知識が、伊藤を最後まで諦めず走らせる、原動力になっていたようです。

ヒザを負傷し棄権せざるを得なかった試合の相手が、今度はケイレンで棄権する――。

「なんか、因縁の対戦みたいになってしまいましたね」と伊藤は苦笑いしますが、これも何かの巡り合わせでしょう。

そんな伊藤の次の対戦相手は、こちらも相手の棄権で勝利を手にしたフェリシアーノ・ロペス。今から3年前、初出場のグランドスラム本戦となった全米で完敗を喫した、やはり因縁の相手でもあります。

「ロペスは左利きで、ビッグサーバーだし色々なことが出来る。自分のサービスが大切になってくるので、明日はサービスとリターンの練習を集中的にやります」。

周りが見えるようになった今の伊藤は、3年前の新参者とは違います。

その歳月で重ねた自身の成長を測るには、格好の相手に恵まれたと言えるでしょう。

※テニス専門誌『スマッシュ』facebookより転載。

この他にも、奈良くるみの試合の模様を掲載。大会期間中は連日レポートをアップしています

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

内田暁の最近の記事