転落巻き添え死 女子学生の不幸を繰り返さないために

現場の植え込みに供えられた花束やお菓子(撮影・相澤冬樹)

 大阪・梅田の商業施設、HEP FIVE(ヘップファイブ)。10月23日(金)、10階建てのこの建物の上から17歳の男子高校生が転落してきて、正面入り口前の通路を歩いていた19歳の女子学生に激突した。高校生は死亡。巻き添えになった女子学生も翌24日に亡くなった。

転落巻き添え死が起きた梅田ヘップファイブ前(筆者撮影)
転落巻き添え死が起きた梅田ヘップファイブ前(筆者撮影)

 その翌日25日、日曜日の正午前。ヘップファイブの正面はいつも通り大勢の人が行き交っていた。いつもと違うのは、正面入り口前の通路脇の植え込み。そこに花束やお菓子、飲み物が供えられている。巻き添えになった現場の近くで、供え物を置くことのできる場所はここしかないからだろう。メッセージは添えられていないが、亡くなった女子学生を追悼する思いが伝わってくる。

現場で手を合わせる人の姿も(筆者撮影)
現場で手を合わせる人の姿も(筆者撮影)

 通りがかった人の何人かが、お供え物の前で手を合わせて黙祷している。祈りを捧げているのだ。記者らしき人が数人いて現場で取材している。そこでNHKの取材クルーが若い2人の女性にインタビューしていたので、横で聞かせてもらった。よその取材に便乗させてもらうようで申し訳ないが、亡くなった女性と同じくらいの年代の女性が現場で手を合わせ、その後取材に応じてくれるというケースはそうそうないだろうから、他にも記者が数人、同じようにテレビカメラの横で話を聞いていた。

手を合わせていた2人に取材するNHKのクルー(筆者撮影)
手を合わせていた2人に取材するNHKのクルー(筆者撮影)

 インタビューに応じていた2人は、亡くなった女性より少し若い年頃だ。2人とも亡くなった女性と面識はないけれど、自分や友だちが巻き込まれたらこわいという気持ちで手を合わせたという。取材が終わると母親らしき女性が近づいてきた。未成年だから事前に保護者に了解を取っていたのだろう。このあたり、NHKの取材は抜かりがない。

 ヘップファイブは大阪一の繁華街、梅田のど真ん中にある。ふだんから人通りが絶えない。ここで転落したら、下の誰かにぶつかる恐れがある、とは誰しも思うことだ。巻き添え死を伝えるネット上の記事には、こんな意見が書き込まれていた。

「亡くなられた方が気の毒でならない」

「高校生に対する憎悪の感情しか湧かなくなることも、あってはいけないとわかるんだが」

「なぜ多くの人が集まる時間帯に決行したのか」

梅田ヘップファイブ前(筆者撮影)
梅田ヘップファイブ前(筆者撮影)

 こうした声が出るのもわかる。巻き添えになった女子学生には何の落ち度もないし、この事態を防ぎようもない。

 でも、「誰かを巻き添えにするかもしれない」という冷静な判断ができるのなら、そもそも自ら命を絶ったりはしないだろう。自殺を図るという時点で、もう通常の精神状態ではなく、冷静な判断能力を失っている。だから命を絶ってしまう。

 17歳の高校生が、一体なぜ冷静な判断力を失うほど追い込まれてしまったのだろう。親は息子を亡くした悲しみに加え、巻き添えで他人を死なせてしまったという負い目を負って生きていかねばならない。賠償を求められることだってありうるだろう。

 誰一人として幸せにならない、この転落巻き添え死から私たちが何か学ぶとしたら、「冷静な判断力を失うほど人を追い込まない世の中をめざす」ということではないだろうか?

 日本の自殺者数は年間2万人。自殺率は先進国の中で際立って高い。これが異常事態なのだ。社会から人を死に追い込む要素を減らしていく。いじめ、貧困、差別、パワハラ、そして不正の強要も。これは究極のパワハラだ。財務省近畿財務局で森友関連の公文書の不正な改ざんを強要され、命を絶った赤木俊夫さんのように。人を精神的に追い詰めない、他者に優しい世の中が必要だ。

 不幸な巻き添え死を無くすには、自殺という不幸の根源を無くすこと。それしかない。

転落巻き添え死はここで起きた(筆者撮影)
転落巻き添え死はここで起きた(筆者撮影)