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北欧で続くプーチンの誤算、デンマークで歴史的な国民投票

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
EUとの結束を強めるかが問われる国民投票、街中には「イエス」「ノー」のポスター(写真:ロイター/アフロ)

ロシアによるウクライナ侵攻は、北欧諸国を大きく揺り動かしている。

フィンランドとスウェーデンがNATO加盟申請中、デンマークも歴史的な転換期を迎えようとしている。

今日、6月1日に、デンマークで国民投票が開催される。

「イエス」か「ノー」か。

国民が判断を迫られているのは

「EU防衛協力に参加するか否か」だ。

EU加盟国だけど、例外を設けていたデンマーク

デンマークはEU加盟国、NATO加盟国でもある。

だが、デンマークは「いくつかの例外規定を設けて」、これまでEUに加盟していた。

ユーロ導入をせずにデンマーククローネを通貨とするなどのほかに、「EUの防衛協力には参加せずにいた」のだ。

つまり、これまではEUの安全保障・防衛における合同作戦には加わっていなかった。

この「EU防衛協力に参加する」ことを「留保する」と決めていたのは1992年からで、その後の国民投票でもEUとはいくつかの例外を持つ関係を選び続けていた。

これまでのデンマークは、EUの軍事オペレーションに参加したり、EU指揮下の紛争地域でのオペレーションにデンマークが軍事支援をすることはなかった。

だが、ロシアのウクライナ侵攻は世論を変えた。

メッテ・フレデリクセン首相は、改めて国民に問いかけた。

今のままでいいのか、と。

分かりやすく言うと、

  • 「私たちはいま、EU防衛協力に参加することを留保している状態です」
  • 「この現在の決まりを、撤廃しましょう」
  • 「国民投票で、留保の撤廃を選んでください」
  • 「そして、西洋の安全保障にデンマークも共に協力しましょう」

国民投票の実施を3月6日に発表したメッテ・フレデリクセン首相は記者会見でこう答えていた。

「留保なしで共同オペレーションに参加することこそが、首相として価値観に従った決定です」

Berlingske紙

デンマークの首相は、同意する与野党と合同記者会見をし、国民に留保撤廃を呼び掛け、撤廃すれば国の安全保障強化につながると説得した。

デンマークの選んできた「留保」という立場は特殊だ。

ノルウェーに住んでいる私も、最初は何かと混乱した。ノルウェーの現地メディアも、デンマークで今起きていることを丁寧に説明している。

ノルウェーのアフテンポステン紙は「そもそもデンマーク国民も、今回の国民投票の意味がよくわかっていない」と説明している。

私の住むノルウェーはNATO加盟国だがEU非加盟国だ。だが、デンマーク(NATO加盟国、EU加盟国)の現在の「EU防衛協力に参加することを留保中」が何を意味するかというと、「一部のEU防衛協力で、外側から参加協力しているノルウェーのほうがデンマークよりも軍事支援をしている」というパラドックスを生んでいる(アフテンポステン紙)。

デンマークがEU軍事協力に参加せずにいることは、EU防衛の決定の場でも、デンマークの地位を下げる。議論の場のイスに座っていても、「留保中」を選んだ国だから、声をあげる権利がない。EU防衛政策の場において影響力がないということになる。

今回の国民投票では、EUでデンマークがより「影響力を発揮する」かを選ぶことにもなる。

デンマーク現地メディアも「防衛協力の参加を留保」「留保を撤廃して防衛協力に参加する」ことが何を意味するのか、この短期間で特集する記事を増やしている。

重要ポイントのひとつが「EUにおけるデンマークの影響力」だ。

デンマーク公共局が分かりやすく解説した動画では、もしあなたがどちらに投票しようか迷っているなら、こうしたらいいとも勧めている。

  • 「デンマークはEU結束を強化するべき」「デンマークの政治家にEUの安全保障・防衛政策でもっと影響力を与えたい」なら、国民投票で「イエス」と投票
  • 「EUの占めるスペースが大きすぎる」「デンマークの政治家が軍事支援を送ることに反対」なら、国民投票で「ノー」と投票

「私たちへの影響がわからない」イエスかノーか、迷う国民

国民投票の前日でも国民はまだ迷っている。

公共局DRの世論調査では5人に1人が「迷っている」。

  • 44%がイエスと投票予定
  • 28%がノーと投票予定
  • 19%が未定

首相の強い願い通り、デンマークはEU防衛協力に参加する道を選ぶのかもしれない。それならばまた北欧で「歴史的な日」が増える。

どうなるかは、今も迷う未定派にかかっている。

19%は今もこの時間、どちらに投票しようか考えているのだろう。

国民投票の経験が少ない若い世代に迷い

18~34歳の若い世代では、4人に1人が投票先に迷っている。

テーマが複雑で自分たちへの影響がよく分からないこと、特定の政党に投票する選挙とは違う、慣れない国民投票であることなどが理由だ。

あまり体験することのない国民投票においては、若い世代がもっと経験を積めるように、16歳から投票できるようにするべきだという意見もある(公共局)。

プーチン大統領の誤算は、ここでもまた重なったといえる。

7年ぶりの国民投票。

明日、デンマークはどの道を選ぶのだろう。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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