「今年は選挙のニュースは少ないほうよ。コロナやほかの話題ばかりがニュースになっていて選挙の関心は低い。でも、この国の人は投票日には投票に行くと思うけどね」と話したのは、猫カフェ店長のビョルンソンさんだ。

投票率が80%を超えることが当たり前の国、北欧アイスランドに私は取材に来ていた。

「選挙の関心は低いけど、投票にはみんな行く?」と私はさらに首をかしげた。

投票会場だった市庁舎で。民主主義のシンボルであるはずの投票箱が「床」にどかんと置かれていることにカルチャーショックを受けた。テーブルの上に置かないんですか。この床はよほど綺麗なんですか
投票会場だった市庁舎で。民主主義のシンボルであるはずの投票箱が「床」にどかんと置かれていることにカルチャーショックを受けた。テーブルの上に置かないんですか。この床はよほど綺麗なんですか

北欧諸国で最もシンプルであろう投票用紙。政党にバツ印をつけるだけ。希望すれば党が推薦する候補者の順番を、印をつけて変えることもできる
北欧諸国で最もシンプルであろう投票用紙。政党にバツ印をつけるだけ。希望すれば党が推薦する候補者の順番を、印をつけて変えることもできる

関心が低いなら、投票に行く人は減るのでは?

「投票先が決まっていなくても、投票はします」

私は選挙取材中は、地元の人とできる限り話をしたい。

カフェ店内にいる店員さん2人に聞くと……。

「どうして投票率が高いか?なんでだろうね。僕も投票には行くよ」

「投票先はまだ決めていないけれど、投票には行きます。確かに、周りはみんな投票するわね」

お客さんのヘイドゥ―ルさんは「投票先は僕も決めていないよ。でも投票には行くよ」「小さい国だし、投票することで社会の変化を肌で感じやすいんだ」と笑顔で答えた
お客さんのヘイドゥ―ルさんは「投票先は僕も決めていないよ。でも投票には行くよ」「小さい国だし、投票することで社会の変化を肌で感じやすいんだ」と笑顔で答えた

とりあえず、投票にだけは必ず行くよ。そういう当たり前の空気があった。

投票日も「まだ迷っています。でも投票はします」

投票日当日は、各政党の選挙オフィスで「選挙コーヒー」と呼ばれるお祝いが開催される。まだ投票先を決めておらずに迷っている市民も続々とやってくる。

海賊党ではヴィーガンワッフルやホットチョコレートが欲しくて行列。国会議員がかわいいエプロンで料理してくれる
海賊党ではヴィーガンワッフルやホットチョコレートが欲しくて行列。国会議員がかわいいエプロンで料理してくれる

海賊党の選挙コーヒー会場にお父さんと来ていたビャルトゥール・グーモンソンさん(39)は、ワッフルを食べながら国会議員に質問をしていた。

「今日が投票日だけれど、まだ投票先を決めていないから3政党くらい訪ねようと思っています。小企業や漁業の支援策を特に知りたくて。こういう風に政治家と話す場所があると投票先を決めやすいですね」

あぶみ「あなたは投票先は決めていないけど、投票することだけは決めている。どうしてですか?」

グーモンソンさん「隣にいる父の教育でしょう。投票だけはしろと」

 息子のグーモンソンさん(左)と父親のヤコブソンさん(右)
息子のグーモンソンさん(左)と父親のヤコブソンさん(右)

父親のウルムンドゥス・ヤコブソンさん(73)は「まだ投票先は決めてないけれど、候補の政党は絞った。アイスランドの政治家には満足してないよ。でも投票はするよ」と話す。

一緒に政党オフィスをまわる予定ではなかったけれど、道端で偶然出会って、父親がついてきたそうだ。

「父がどこに投票するかは知らないんです」とグーモンソンさん。

アイスランドでは「知人と政治の話はする。でも、例え家族や恋人でも投票先は教えない」という伝統が北欧他国より明らかに強い。

「政治の話をしながら、家族に投票先はばれずにいる」というのはアイスランドでの取材中によく聞いたエピソードだが、器用なものだ。

「投票って、すごく楽しい!」

投票日当日に、投票会場である市庁舎前で投票を終えたばかりの親子、エリンカさん(18)とヘンリックさん(40)とお話をした。

エリンカさんにとっては初めての投票だったので、家族一緒に投票へ行き市庁舎前で記念撮影もしていた。

「いい思い出になるから」と2人は笑顔で答える。

「投票ってすごく楽しい!もっと頻繁にあればいいのに。友達と一緒にどういう政党があるのかを知ろうとしたり、ここ数週間の全てのプロセスが楽しい経験でした」とエリンカさんは振り返った。

父のヘンリックさんは「私は毎回投票します。娘と一緒に来ることができて嬉しい。投票したいという意思を持つ人が、この国は多いのだと思います」と話してくれた。

投票は「楽しみと義務」

インカさん(69)は「投票はうまくいったわ!簡単だし、行列もなし!私は毎回投票しますよ。なんでかって?楽しみと義務の両方かしら。民主主義に参加する義務ね」

「議論や選挙に参加することを楽しんでいるわ。アイスランドの政治家は努力はしているとは思う」という。

「私の1票に影響力はないのでは。でも投票はする」

大学生のアウストゥヌルさん(26)は「投票先を決めるのは大変でした。政治家は達成できないことを口にしてばかりで、私の1票に影響力はないんじゃないかと」。

「それでも投票にくるのは義務であり、投票会場に来て意思表示をすることはみんなの責任だと思っていました」と話した。

他にも多くの人と取材中に話したが、投票を「義務」と表現する人や、「誰もが投票権を持っているわけではない」という言葉を口にする人が非常に多く、投票先が決まっていなくても、投票会場に行くという意見が圧倒的に多かった。

投票習慣を引き継いできた。投票に行くかどうかで迷わない

取材期間を終えて私が発見したのは、アイスランドでは「選挙の話題が少ない・関心が低い・どこに投票したらいいかわからない・政治への信頼度が低い」と、「投票するという行為」がイコールではないのだ。

これは全く違う話なのだ。

この国では、どれだけその年の選挙が分かりにくくても、政治が複雑でも、政治家が信頼できなくても、「それでも投票には行く」。

アイスランドでは「10人に1人は、生涯に1冊は本を出版する」というのが常識だという(在アイスランド日本国大使館)。読書習慣と同じように、自然な形で投票習慣が現在の各家庭まで受け継がれてきたのだろう。