「先人が残すセクハラ文化」に若い世代は我慢の限界 ノルウェーで起きる変化

若者と女性の反乱 最大政党は昔の体質から脱却できるか 撮影:あぶみあさき

北欧といえば男女平等先進国というイメージがあるかもしれない。

では、北欧では何も問題はないのか?

そうではない。

男性優位社会は今も残っており、女性たちの目の前にはまだ壁が立ちはだかっている。

MeTooが世界的に話題となった時、北欧諸国でも告発の動きは起きた。ノルウェーでは政界に根付いていたセクハラ・性暴力問題を訴える人が続出した。

政界という枠組みでノルウェーが突出していた背景はいくつかあるが、当時、私や国際メディアで働く外国人ジャーナリストの間では、

  • ノルウェーは人口が少ないので、誰もが互いに知り合いであり、職場などの小さすぎる世界で親密な関係になりやすい
  • 人脈が仕事のキャリアを左右しすぎる
  • 互いの距離が近すぎて、組織内でおかしいと思ったことを指摘しにくい

ことなどが挙げられていた。

右派・左派関係なく、どの党でも告発は起きた。その中でも大きな注目を浴びた政党が「労働党」だった。

ノルウェーの政治は「中道左派」と「中道右派」というふたつのブロックに分けられる。労働党は何人もの首相を育て上げ、中道左派のリーダーであり続けた。

ノルウェーの男女平等、ジェンダー平等を推し進め、ノルウェー初の女性首相を出した党でもある。

その党内でセクハラというカルチャーがシステムとして根付いていると聞くと、意外だろうか?

MeTooが起きて、「もう我慢できない」と声を上げ始めた女性たちがいる。

男性を含め、若い世代からも「いい加減にして」という声が湧き出しているのだ。

「トロン・ギスケ」という名前が意味するもの

#MeToo前にノルウェー国会でギスケ氏を取材した当時の写真。政治家としては非常に優秀として評価されている 撮影:あぶみあさき
#MeToo前にノルウェー国会でギスケ氏を取材した当時の写真。政治家としては非常に優秀として評価されている 撮影:あぶみあさき

問題は「トロン・ギスケ」という、労働党の「顔」でもある男性の存在だった。

1966年生まれのギスケ氏は、国会議員として22年のキャリアを持ち、かつては労働党政権時代に、教会・教育・研究大臣(2000-2001)、文化・研究大臣(2005-2009)、貿易産業大臣(2009-2013)を務めてきた。日本語でも名前を検索すればヒットする。

2015年には「労働党の副大臣」となる。それは、「将来の首相候補」を意味するものだ。

現在の労働党は野党だが、来年の国政選挙では右派から左派へと政権交代が起きる可能性もある。

ストーレ現党首は裕福な家庭に育ち、アカデミックで難解な言葉遣いをすることから、「普通の人」よりも上の階級にいる人というイメージを持たれやすい。「普通の市民や労働者」の味方である労働党の顔としては、奇妙だとも指摘されることがある。

反対にギスケ氏は、より分かりやすい言葉で話し、普通の市民というイメージがより強い。「庶民っぽいギスケ」が、ストーレ現党首の跡継ぎとして、労働党の次期党首・つまり未来の首相になる可能性は高かった。

世界各地で#MeTooの波が起きるまでは。

北欧で#MeTooが先に起きたのはスウェーデン。その波は隣の国ノルウェーに流れてきた。

ギスケ氏は党内の若い女性たちにセクハラとみられる行為を繰り返していた。不快に思っても、誰もが黙っていた。

労働党をこれからも支えていくだろう「希望の星」を告発することは簡単なことではない。

沈黙していた女性たちを支えたのは#MeTooと現地メディアだった。

報道機関は告発者の身元を把握していたが、党内で女性たちへの圧力が増えるであろうことなどから、当初は匿名の告発記事が多かった。

しかしギスケ氏はもちろん反発し、彼を「政治家としては優秀だからと」守ろうとする男性中心の動きに、次第に名前と顔を公表する女性たちが出てきた。何人も。

労働党は告発内容を調査し、ギスケ氏の一部の行動に問題があったことを認める。結果、ギスケ氏は2018年に副代表の座を退いた。

夜の飲み会を中心に起きていた労働党のセクハラカルチャーは、その後改善されたか?党内の分裂は治療されたか?

そう簡単なことではなかった。

過ちを犯した者にもやり直すチャンスを、首都と地方の対立

これは労働党だけではないが、どの政党でも、政治には限らずノルウェー全体に、「間違いを犯した者にも二度目のチャンスを」という考え方がある。

そもそも誰もが#MeTooを歓迎したわけではない。ギスケ氏の味方に付く者も多かった、特に彼の出身地である中部トロンハイムでは。

ノルウェー政界の#MeTooはそもそも首都オスロならではの動きで、地方では眉をひそめる傾向があった。この国では、首都と地方は異なる動きが起きやすく、政界や世論の分裂を生む装置にもなっている。

ギスケ氏はもともと出世願望が強い人物だ。地元のトロンハイム周辺で勢力を着々と固め、カムバックを狙っていることは周知の事実でもあった。

全てのセクハラ告発を彼が受け入れたわけでもなく、女性たちには「証拠が欠けている」、「メディアの偏向報道」などと批判もしていた。

また、彼の現在の妻が有名なテレビ番組司会者で、夫を全面的にサポート。影響力のある彼女の発言は、告発はしたがそれほど知名度がない女性たちの立場をより弱体化させ、不快な体験をした者が発言しにくい空気を作りだすと指摘されていた。

私もギスケ氏のことは国会で単独インタビューをしたこともあり、自著『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』に掲載したかったが、#MeTooの一連の騒動で本に含めることを断念した。取材内容が若者の政治参加を後押しする内容だったからこそ、党内の若い女性たちに告発されている真逆のイメージに、個人的にも違和感を覚えたからだ。

労働で再燃した#MeToo、首都から地方へ

そして、また騒ぎが起きた。

ノルウェー中部の地域トロンデラーグ支部は、新しい地元の代表を決める重要な支部総会で、ギスケ氏を推薦することを発表。

セクハラ告発をされた者が「権力者としてカムバックするには早すぎる」として議論を呼んだ。

もともと、ギスケ氏の地元の労働党支部に残る、「政治家としては優秀だから応援する」空気は、独特のものとして報道され続けてきた。

ギスケ氏の地元と、首都にある本部や青年部との価値観の対立もニュースになり続けていた。それがまた過度に露出し始めた。

まるで、出し切れていなかった膿(うみ)が一気に噴き出したかのように。

トロンデラーグ支部の党内選挙を目前に、また新たに若い女性が顔と名前を公表して、過去に受けた不快な体験を告発した。

事態が二転三転する今週の労働党ドラマは、ノルウェーの#MeToo再燃であり、労働党の若者や女性たちの必死の反乱ともいえる。

「左派最大政党でセクハラをした者(しかも首相になるかも)がカムバックする」ことは何を意味するか?

もしギスケ氏が中部の県代表になれば、それは党のトップへ返り咲く道となり、セクハラを告発された過去が許されたことにもなる。

それはノルウェーの人々にどういうメッセ―ジとして届くだろうか?来年の選挙にどのような影響を与えるだろうか?

ギスケ氏の出世街道に戻ろうとする野心は、労働党を分裂させた。

29日の地元総会は大きなニュースとなった。

青年部の反乱

新たな告発者が出たことで、ギスケ氏は直前になって支部選挙から辞退すると発表。

しかし、告発をした女性には証拠がない、メディアは偏っており、過去のことで自分には反論ができずに不公平だという「自分は間違っていない」という態度を残したものだった。

総会ではギスケ氏がスピーチをする時間もあった。現地メディアは「引退スピーチ」とも例えた。

その時、労働党の青年部に所属する若者たちは、一斉に席を立ち、会場を去るという反乱を起こした。

「若い女性にセクハラをしたという自覚がない国会議員に対する、私たちなりの異議申し立てです」という青年部の声をメディアは大きく報じた(VG紙公共局NRKAdressa紙DN紙)。

北欧では各政党の若者で構成される「青年部」が、驚くほどに大きな影響力をもっている。それは日本ではみられない現象で、青年部はこれからの世代の代表として、母党の政策や党の方向性を変える力もある。

若い未来の政治家たちが抗議として会場を去る一方、ギスケ氏を讃えて拍手する大人たちもおり、その光景はMeTooをどのように捉えているか世代間の違いをも表していた。

「セクハラは先人たちが残してきたもの」

トロンデラーグ支部の青年部代表は、「この地域にも、やっと#MeTooがきた」、「女性が抑圧される政党にいる価値はあるのかと、私は自分に問い続けていた。セクハラはここで起きている。ここで、ずっと起きていた。先人たちが残してきたセクハラは、システムとなり政党に根付いていた」と壇上で批判した。

青年部や若者、党内の女性たちはここ数日間、メディアなどを通して、労働党には以前から女性を軽視する「ボーイズ・クラブ」の空気があると指摘してきた。

個人問題ではなく、社会システムの問題

北欧ではもともと、何かが起きると、個人の問題や個人攻撃にするよりも「社会システムに問題がある」と解釈する傾向が日本より強いと私は思う。

今回の労働党のギスケ騒動は、そもそも個人の問題行動だけとしては当初から扱われていなかった。

影響力のある優秀な政治家がこのような言動を何年もしていて、それを誰も注意せず、本人も問題点に気づかず、不快に思っている人たちが声をあげられずにいたこと。

そもそもは労働党内にずっとあった男性優位社会という「システムの問題」が、政界の根幹にあるとして着目されていた。

メディアと#MeToo

青年部や女性たちの反乱を大きく報道するノルウェーのメディアの報道の仕方は、「中立」にこだわりが強い日本の人がみると、「偏っている」と思うかもしれない。

ただ、この国ではもともと若者や弱い立場にある人に報道機関は寄り添う傾向がより強い。

ノルウェーではこうして社会や組織で弱い立場にあった人々が声を出し続け、報道機関が取り上げてきたからこそ、北欧モデルともいわれる独自の政策や社会の風潮ができあがったともいえる。報道機関も綺麗な存在ではなく、セクハラの実態はあり、告発と反省はメディア業界でも続いている。

男女平等を推し進めてきたイメージが特に強い労働党がこの問題を改善できなければ、それはノルウェーの#MeTooがなんたるかを物語ることになる。だからこそ今回の件の注目度は高かった。

#MeTooがきっかけで、時間をかけながら働く自浄作用

今回の騒動で、ギスケ氏は地元代表候補だけではなく、来年の国政選挙に立候補することも辞退すると発表。

MeTooをきっかけに、未来の首相候補が政界から姿を消すことになる。

トロンデラーグ支部は、男性であるギスケ氏の代わりに、投票によって女性を新たな代表として選んだ。

しかし、労働党では全国各地にこのようなボーイズ・クラブ的体質が残っており、全てが解決したわけではないという声もあがっている。各地にはギスケ派も多く、一連の流れに抗議する者もいる。

北欧の#MeTooが歴史として振り返られる時、ノルウェーでは「労働党のギスケ」が代表的な事例として刻まれることは明白だ。

首都よりも古い体制が残る地方では、今までの体質を変えるのはより大変だ。

外国人である私の眼には、一丸となって反乱を起こそうとした女性や若者たちの姿が強く印象に残った。

出した膿(うみ)は大きいが、この国の平等に向けて進む道のりにはまだまだ課題がありそうだ。

Text: Asaki Abumi