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アマゾンがついに北欧進出「店の倒産が起きる」複雑な声と期待

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
実はまだ北欧進出をしていなかったアマゾン、まずはスウェーデン戦略から(写真:ロイター/アフロ)

「アマゾンがスウェーデン市場に参入するらしい」。

このような噂が7月末からまた北欧各国のメディアで出回っていた。

北欧にはいずれ進出するだろうと、ずっとささやかれていた。私がノルウェーに引っ越した2008年から言われていたことだ。

その場合は市場規模が大きいスウェーデンが一番先であろうこともずっと前から指摘されていた。

「北欧にはアマゾンがないんですか?」と、日本の方々の驚く声も以前から私は聞いていた。

7月28日にスウェーデンのDN紙が「アマゾン参入の動きを複数の関係筋が認めている」と報道。現地では注目を集めていた。

8月4日、アマゾン側が公式にスウェーデン進出を認める。

詳細はまだ明らかにされておらず、リリースは年内の9月か10月あたりだろうと言われている。

注目を浴びる公式サイト「Amazon.se」は検索してもまだ見当たらない(検索してもドイツ版に飛ぶ)。

デンマーク、フィンランド、ノルウェーにも進出する気配

アマゾンの求人案内サイトには「スウェーデンと北欧地域のマーケットプレイス主任」の求職情報が掲載されていた。

採用条件に「スウェーデン語・英語能力」、採用された場合にはスウェーデンだけではなく、「フィンランド、デンマーク、ノルウェーの市場拡大のチャンスも提供される」と書かれている。

「とうとう進出か」という期待と不安が北欧各国では渦巻いている。

スウェーデンでは「よし、こい」という姿勢

スウェーデン公共局SVTでは、現在の市場の競争を激化させるであろうこと、同時に小さなスウェーデンブランドが国際市場に参入するチャンスにもなるなどの意見が掲載されている。

スウェーデンではアマゾン上陸を脅威として捉えるだけではなく、「負けない、利用するぞ」という意気込みを紹介する記事が現地メディアではちょこちょこ見つかる。

どちらかというと心配するノルウェー

スウェーデンのお隣の国、私が住むノルウェーでは、このニュースはもっと「脅威」、「倒産の波が到来」という切り口で報道されている。

外国企業が北欧市場で先に進出するなら、まずはスウェーデンとデンマークであることが多く、ノルウェー、アイスランド、フィンランドはその後だ。

そして経済市場の観点でいうと、ノルウェーという国は他国の大企業がノルウェー市場に参入することをより嫌がる傾向がある。

北欧の中でもノルウェーは油田開発をしているため、極めてお金持ちの国。

オイルマネーのお陰で切羽詰まって国の経済を支えずとも良かったために、のんびりとしていた時期があり、その間に北欧他国にビジネス面では追い抜かれた感がある(簡単な例でいうと、これまでの北欧デザインの歴史でノルウェーがあまり目立っていないのもそのため)。

もともと政府や自治体の補助金に頼る傾向も強いので、ビジネスにおいてはノルウェー独特の「もろさ」があるともいえる。

そのような国で、他国の大規模な企業が参入してくると、小さなお店は潰れやすい。ノルウェーの人はその現象をとても嫌がる。

スターバックス、スウェーデンのカフェチェーン「エスプレッソハウス」が飲食業界に来ることを嫌がり、スウェーデンのH&Mがファッション業界で大きな影響力をもつことを嫌がる。日本のように「スタバの店舗数」をポジティブに伝えることは報道機関はしない。

このような外国ブランドが新たな店舗を構えようとすると、地域によっては地元民が反発する。

でも、その動きを止めることはできない。

だからこそアマゾンがノルウェーにいずれやってくる兆しは、商売をする人の心にじわじわとなんだか嫌なものを塗る。

コロナ渦の中なら不安感はより強くなる。

私は現地でたくさんの業界関係者を取材してきたが、どう考えても彼らはアマゾン進出を喜ぶような人たちではないのだ。

北欧各国で反応さまざま

ノルウェーではもちろんトップニュースとなっている。

フィンランドではニュースになってはいるが不安をあおるようなものではなく、デンマークではさほど話題になっていない。

どう見ても、がやがやと一番大きな反応をしているのはノルウェーだ。

ノルウェー公共局NRKではノルウェー参入は来年にでもやってくるだろうと予想し、「お店の死の波がやってくる」という内容で報道されている。

この公共局の記事が掲載されたFacebookのコメント欄はどうなっているだろう(ノルウェーのSNSコメント欄に書き込む人は最近は年齢が上の世代になっている傾向がより高く、若い人は減少している。バランスのとれたものではなく、偏りのある一部の意見として参考程度に捉えてほしい)

  • 「ノルウェーのお店が全部潰れちゃう」
  • 「ノルウェーの店ももっとネットショッピングに力をいれて競争力をつけるべき」
  • 「アマゾンはノルウェーで税金を払うの?」
  • 「ずっと他の国のアマゾンを使っていたから、ノルウェー上陸は楽しみ」

いずれにせよアマゾン進出はこれまで独自の市場経済を築いてきた北欧各国に、大きな変化をもたらすだろう。

2018年の取材を振り返る「ノルウェーには既存のビジネスモデルが変わることに恐怖を感じる人がいる」

撮影:あぶみあさき
撮影:あぶみあさき

2018年5月に、私は市立図書館で行われた出版業界の未来についてのイベントを取材していた。

話した相手はSF作家のアンドレアス・クリステンセンさん。電子書籍の販売でフルタイムで自給自足ができている、ノルウェーでは当時唯一の作家ではないかと言われていた。英語での書籍をアマゾンで売る彼は、アマゾンのKindle本の存在を絶賛する人だった。

「私が最初の電子書籍を出した時の、ノルウェーの既存の出版業界の反応は冷たかった。これまでのビジネスモデルを変えるような電子化の流れに、『恐怖』さえ感じているような雰囲気があった」と、既存の大手出版業界らが、国内での物流を独占し、新しい動きを歓迎しない現状を批判していた。

オスロ大学のメディア研究者であるテッリェ・コルビョルンセン氏にも話を聞いた。

ノルウェーでもアマゾンは利用できる。しかし、amazon.comなど国際版に飛んで、英語でサービスを利用しなければいけない。ノルウェー版はなく、日本でのように現地に住む人を対象にした日本語公式ホームページはない。

「北欧にはアマゾンは一切市場参入していません。日本のような大国に力をいれていますからね。北欧にいつか参入するとしても、スウェーデンからではないでしょうか」。

・・・・・

この時の取材から2年以上が経った。

北欧の人たちがずっと噂してきたアマゾン進出が今まさに開始され、コロナ渦での「買い物のノーマル」をさらに変えようとしている。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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