大学の授業を全市民に無料提供?税金とはこう使うのだ。わくわくする北欧教育の進化版

ヘンリック・アスハイム研究・高等教育大臣 Foto: Marte Garmann

ノルウェーの新聞を読んでいて、「いいなぁ、すごいな」と素直に思った記事があった。

ヘンリック・アスハイム研究・高等教育大臣はこう語る。

学生ではなくても、大学の授業が聞けるようになれば。

コロナ危機中のデジタル化をきっかけに、大学は知識のデータベースを全ての市民に無料公開する時がくるだろう。

出典:アフテンポステン紙

コロナ渦の中では、教育現場に衝撃的なデジタル化が起きた。

「もうこれを機に、大学の授業を全市民にオンラインで提供する時代がくるだろう」と、ノルウェーの若き教育大臣(36)は言っているのだ。

与党・保守党の教育大臣が言っているとなると、この国にそういう未来がくる可能性は高い。

ノルウェーはそもそも教育費は無料。市民が支払う税金のお陰なのだが、教育を受けられるのは入学できた学生だけだ。

それはおかしいのではないか?市民の誰もが勉強できていいのではないか?

教育大臣が提唱しているのは、正規学生として大学に入学していなくても、成績評価や試験を受けなくとも、「関心がある分野の講義は聞くことができる」未来の教育のかたちだ。

それって、すごい。大きな革命だ。

私もノルウェーの教育制度の恩恵を受けた身なのだが、その経験談は記事の後半に書いた。まずは、この若き教育大臣の考えをもっと聞きたくて、インタビューをお願いした。

アスハイム大臣は、ソールバルグ首相が率いる保守党の「期待の星」として現地では有名だ。同性愛者だということもオープンにしている(この国ではほかにも保守党のホイエ保健・ケアサービス大臣が同性婚をしている。政策もやることも「保守?」と突っ込みたくなる政党である)。

大臣に聞いてみよう

質問「全市民にデジタル化した大学授業を無償提供というのは、大臣だけの考えですか?政府、国会、教育現場なども以前から提案していたのですか?」

大臣「私ひとりではありません。教育の共有が良い考えだということは、幅広く市民の間でも同意されています。公立の教育機関が無料であることは法で定められていて、無料の原則ともいわれています」

大臣「コロナ危機で、テクノロジーが開花して、より多くのノルウェー人がオンライン授業で学び始めました。テクノロジーがあれば、もっとたくさんの人に教育を提供できると確認した今、私たちはこの道を開拓すべきだと思っています。なによりも、教育は納税者によって支援されていますからね」

質問「コロナはノルウェーの教育をどのように変えていくと思いますか?」

大臣「すでに始まっていた教育現場の変化に、コロナはもっと急げと私たちをせかしました。もちろん、全てが順調に進んでいるわけではありません。それでも、この過程で多くのためになる経験を蓄積できました。コロナ対策によって生まれたデジタル化の影響を、私たちは今後うまく利用していきます」

子どもとネットの付き合い方を心配しないの?

質問「なぜノルウェーは教育現場のデジタル化に長けているのでしょうか?子どもがネットで何をみるか心配することはないのですか?」

大臣「教育現場のデジタル化自体がノルウェーの目標というわけではありません。しかし、デジタル化を進めれば、産業、教育、研究の分野はより良くなり、もっと効率的に運用することができると、私たちは長い経験で学びました。他国と比べて、この国では労働力はコストが高い。競争力を維持していくためには、私たちは自分たち自身をアップデートするしかないのです」

大臣「若者には、ネットで読む時には批判的になるようにと教えています。情報源をチェックして、その情報を送信しているのは誰か・情報源に信頼性はあるかをよく考えてと。それでも、教育現場がデジタル化するからといって、若者をより見ていなければとは政府は思いません」

質問「経済的に苦しい家庭があると、誰もが同じようにパソコンやスマホを購入したり、同じ通信速度で勉強できるとも限りません。ノルウェーではどのように解決しているのですか?」

大臣「ノルウェーは長い間デジタル化を推進してきました。広大な範囲で十分なネット環境にアクセス可能にしています。教育現場には多くの機材があり、生徒や学生は無償でレンタルすることができます。全ての人に無料の教育をという方針があるので、学校での全てのものや必要な道具が無料であることも大切です」

無料教育がなかったら、今のノルウェーはなかった?

質問「もし無料教育がなければ、ノルウェーはどのような国になっていたと思いますか?」

大臣「義務教育も高等教育も無料というのは、共同体である私たちにとって、非常に大切なことです。たくさんの人が学び続けることで、社会はたくさんの利益を得ています。個人にとっても、企業にとっても、民主主義にとっても良いことです」

※この時に、私は心の中で「また出た。民主主義!」と思った。北欧各国ではいつもこうなるのだが、インタビュー中、聞いていないのに、どの取材現場でも「民主主義」という言葉がぴょんぴょん出てくる(子どもまで言う)。北欧の人の民主主義好きは筋金入りだ。北欧モデルを分析する鍵になる言葉だと思っている。

大臣「その人がどこから来たのか、個人の背景に関わらず、誰もが教育を受けることができなかったら、ノルウェーという国はつぶれていたと思います。無料の原則は長い間続いてきたもので、市民全体で合意しているものです」

若い議員が国会や政府にいたほうがいい理由

2016年の保守党の総会を取材した時。アスハイム氏(右)とティーナ・ブルー氏(左)は期待の若手として注目されていた。今では2人とも閣僚。ブルー氏は現在は石油・エネルギー大臣(1986年生まれ) 撮影:鐙麻樹 Photo: Asaki Abumi
2016年の保守党の総会を取材した時。アスハイム氏(右)とティーナ・ブルー氏(左)は期待の若手として注目されていた。今では2人とも閣僚。ブルー氏は現在は石油・エネルギー大臣(1986年生まれ) 撮影:鐙麻樹 Photo: Asaki Abumi

質問「ところで、1983年生まれ、36歳とお若いですが、ノルウェーで若い大臣として働くのはどうですか?」

大臣「もう40歳に近いのに若いだなんて、きっとそれは褒めてくれているんだよね。垣根を越えて政治的な合意をする時は、異なる背景、異なる年齢層、異なる経験をした人たちが政府にも国会にもいたほうがいいと思っています。それでこそ、社会を反映した光景になるし、より多くの市民が抱える問題の解決策を探す鍵になると考えていますよ」

ここまでが大臣の考え。さて、私自身も外国人として現地の無料教育にお世話になったことがある。その時の経験も書いておこうと思う。

教育が無料の国

私は2008年にノルウェーに引っ越してきて、オスロ大学で最初の1年間はノルウェー語、それからは大学生としてメディア学を専攻し、そのまま大学院へと進んだ。外国人向けのノルウェー語の授業は今は無料ではないらしいが、私の時は無料だったのでありがたい。

1年に2回、春学期と秋学期にセメスターフィーという施設利用料をおよそ1万円ほど払った(印刷費などに使われる)。日本のような大学受験はなく、高校の成績で入学できる学部が決まる。学費は無料だが、物価が高い国なので、寮費、教材費、飲食費などを考えると、生活費は安くはない。

学ぶ人を大事にする国

ノルウェーは日本とは違う意味で学歴社会だ。大学での専攻科目と就職先は一致しているのが当たり前。大学は数が少ないので、大学名よりも専攻科目が重要。メディア学を学んでいなければ、私はこの仕事はできないし、学歴なしではビザ(滞在許可証)ももらえない。日本は学んだ科目に関係なく、研究家と名乗れたり就職できるので、そいう言う意味ではノルウェーより器が広いのかもしれない。

受験戦争がないので入学は日本よりも簡単だが、卒業が大変だ。日本にあるような就活やサークル活動という習慣はない。真面目に勉強しないとさらっと落第する。ノルウェー統計局によると、5人に1人が大学を卒業できずに、途中であきらめる。

専攻科目が延々と自分の仕事に影響する社会。だが、途中で自分に向いていなかったことに気づいたり、就職してから違う分野に興味を持つこともある。そういう時は年齢に限らず、また学び直すということもありだ。私は上智大学を卒業してから、またオスロ大学で学生をしていたので、「日本の当たり前」に慣れている人からは「まだ、学生!?」とストレートに言われることもあったが、ノルウェーの人はこのような発言はしない。

大学院まで進むのが当たり前。途中で学科を変えてやり直す人もいるし、休学する人もいるし、出産・育児をしてから戻ってくる人もいる。というわけで、学生でいる期間がノルウェーではやけに長いのだ。ノルウェー統計局によると、ノルウェーの学生の4人のうち1人は30歳を超えている。

ノルウェーの大学キャンパスは保育園のようでもあり、大人も通う生涯教育の場

私が教室に座っていると、学生が子どもを連れてくることもあった。私の隣で、先生や学生の子どもがお絵かきしたり、学生に混ざって手を挙げて意見を言おうとする子どももいた。ベビーカーを押してキャンパスを歩く男子学生もいた。そう考えると、大学は年齢に関係なく利用できる、市民の場だった。

暗記形式ではなく、自分で考えて議論する力、グループワークで共同作業をする大切さを教え込まれる。結果、批判思考をもち、専門分野を極めた市民が量産される。

家庭の事情に関わらず、勉強するチャンスを与える。チャンスをどう生かすかは、その人次第。卒業したばかりの若者を企業が入社後に育てるという考えがないので、各分野の専門家を教育現場で育成する。

教育費を無料にすることで、社会を支える自立した市民を育てる。さまざまな世界ランキングでトップ常連国の北欧諸国。それは教育費が無料という土壌で、市民を大切に育ててきた結果なのではないかとも思う。

それで、考えてみる。大人になってからも、大学教育にネットで無料にアクセスできたら、社会はさらにどう進化するだろう?

北欧教育の進化版は、考えてみるとわくわくする

大学を卒業していても、頻繁にアップデートしたほうがいい教養はたくさんある。私は副専攻がジェンダー平等学だったが、それでも社会での議論も学問もどんどん進化しているので、最近はまたフェミニズム文献や書籍を読み漁っている。

今の大人は持続可能な開発目標(SDGs)を学校で学んでいないが、若者は学んでいる。その差が大きくなればなるほど、世代間で起きるすれ違いは増えるだろう。年齢に関係なく同じことを学ぶ機会があれば、社会で起きる差別や誤解というのも減らせると思う。

高校の成績に関係なく、正規の学生ではなくとも、関心ある分野の大学の授業だけをオンラインで見ることができたら?「卒業証明はいらないし、試験も受けたくはない。でも、授業だけ覗きたい」という人だっているだろう。

そういう人にも無料で大学の講義をオンライン公開している社会って、なんだか素敵だなと私は思うのだ。ノルウェーの教育が、今の自分をここまで育ててきた恩恵を感じているからこそ。そのチャンスがもっとたくさんの人に広がったら、社会はもっとよくなると思うし、市民のウェルビーイングも向上する。

私は北欧を理想化することは好きではないのだが、世界的に北欧モデルというものが注目される背景のひとつは、このような税金の使い方だと思う。

Photo&Text: Asaki Abumi