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ライブ中止、どうする?変化する音楽体験とノルウェーの生き残り戦略

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
ジャズ音楽家、ブッゲ・ヴェッセルトフト Photo: Per Ole Hagen

ノルウェー政府がウイルス感染拡大のための規制を発表したのは3月12日。

ノルウェー文化局によると、音楽業界で働く半数がフリーランサー。コンサートが続々と中止になり、収入は止まり、いつ終わるかわからない不安の波が多くの人を襲った。

観客を集められないなら、無観客演奏・オンラインで楽しもう

「クローネ・ルッリング」(Kronerulling)というアーティストを支える企画はすぐに立ち上がった。

首都オスロにある国内で有名なライブ会場「セントラーレン」(Sentralen)で、無観客でアーティストたちが音楽を披露。

プロの機材を使った最高品質の音、照明、画質による動画を、FacebookYouTubeに1週間限定で無料公開。希望すれば、観客は携帯電話のメールサービスで簡単に寄付ができる。

寄付金は全額アーティストに提供される仕組みで、厳しい経済状況にいるアーティストたちに大きな救いの手となった。

「みんな、すぐに企画に賛同してわくわくしていた」

企画者であるレコード・プロドゥーサー、クリステル・ファルク(Christer Falch)さんに電話取材をした。

政府の記者会見を見てすぐに、業界への打撃を予測したファルクさん。

「アイデアは頭に浮かび、数日後にはもう実行にうつしていました。セントラーレンの代表と話して、7台のカメラや照明器具を使い録音。セントラーレンにはプロの技術士がもう揃っていたし、外出自粛で時間を持て余していたアーティストたちからはすぐに『Wow!いいね!』という反応がありました」。

セントラーレンは銀行によって経営されているため、新型コロナによる経済的打撃を受けていなかった。スタッフはだれも解雇扱いとならず、政府の命令で人が集まるコンサートはできないために、やることがなかったという。

反対に、アーティストは経済的な不安に襲われながら、仕事は中止となり、家にいた。

結果、解決策が重なるかたちで、みんなで「やろう!」という空気になったのだという。

オンライン・ジャズフェスに参加予定のアリルド・アンデルセン・グループ Arild Andersen Group Photo: Per Ole Hagen
オンライン・ジャズフェスに参加予定のアリルド・アンデルセン・グループ Arild Andersen Group Photo: Per Ole Hagen

オンラインコンサートのためだけに製作された、高品質の動画

ノルウェーではもともとアーティストが自宅やライブ会場から演奏を生放送することは珍しくない。ただし、映像や音の質はそこまで良くなかった。

クローネ・ルッリングの違いは、プロの技術士たちが総出で集まり、まるでテレビ局で撮影したかのような高クオリティーで録音・録画をしたことだった。

これは音楽好きにはたまらない。あまりに質がよいので、公共局NRKもすでに8コンサートの映像権利を買い取っており、さらに購入予定だそうだ。

ファンの応援する気持ち。想像以上の寄付金が集まった

「ビデオを見た人は寄付したければできる。どうなったかって?なんと、通常の生のコンサートよりも2倍の収入を得たアーティストもいるんです」

「今までこんなにワクワクするコンサート体験はなかったと思います。厳しい時には、みんなで総出で無償で助け合う。ノルウェーのドゥーグナード(dugnad)というカルチャーの底力が発揮されましたね」

ファルクさん指導で、クラシック、ロック、ポップ、ジャズ、フォーク音楽などのジャンルのアーティストが参加し、開催されるオンラインコンサートは100以上。

1週間ネットで公開された後は、アーティストが素材をPR活動などに自由に使用することが可能だ。

ピアニスト・作家のケティル・ビヨルンスタ Ketil Bjornstad Photo: Per Ole Hagen
ピアニスト・作家のケティル・ビヨルンスタ Ketil Bjornstad Photo: Per Ole Hagen

ジャズの巨匠を集めたライブを撮影して、チケット販売を世界中の音楽関係者に託そう

この試みですでに新しい取り組みが動いている。

「デジタル・ジャズフェスティバル」というサイトを開設して、ノルウェーのプロのジャズ・アーティスト15人の高品質のライブ映像をまとめ、「オンライン・ジャズフェス」として世界に発信するのだ。

サイトは一般向けではなく、例えば日本のクラブやコンサートのオーナーが代理店となってチケットを発売し、日本のファンにライブ映像を届けることができる。

このサイトは2週間後にはリリースされる予定。フェスのこと事態もまだノルウェーで公に発表されていないため、実はこの記事が日本への最初の第一報となる。

「なにがすごいって、誰もが人気すぎて、いつもは世界中をツアーでまわっていて、忙しい。この15人を集めるなんて、絶対に、絶対に無理!でも、ウイルスのために全てのツアーが中止になり、この人たちは今家でやることがない。だから提案した時には、『やりたい!』とすぐに乗ってきたんです」と取材で答えたのはブッキング担当をしたペール・クリスティアンさん(Per Christian)。

「最高のバンドを集めました。演奏に加えて、彼らのインタビューもセットになっています。15人もいるので、合計で15時間、3日間のフェスが楽しめます。1日チケットを買うこともできれば、フルパスチケットを買うこともできる。例えば、日本のクラブ会場は私たちの代わりにチケットを売って、チケットのリンクを購入者に送るだけ。そうすればコンサートはネットで見ることができます。普通のコンサートで必要な人材も機材も、今から揃える必要もコストもかかりません」

参加者15人はジャズ3世代を代表する大物ばかり。「ノルウェーのジャズは世界的にもユニークで革新的と評価されていて、『フィヨルド・サウンド』とも言われているんですよ」とクリスティアンさん。

日本人ピアニストが感じる現地の空気感

田中鮎美さん Photo: Erika Hebbert
田中鮎美さん Photo: Erika Hebbert

オスロ在住のピアニスト田中鮎美さんも、コロナ渦の中で予定されていた催しが次々と中止になり、オンラインコンサートに参加したひとりだ。

「ミュージシャンが自主的に行い寄付を募るのが主な方法ですが、政府から支援を受けているコンサートシリーズやクラブなどがミュージシャン、カメラマン、音響の方に通常通りの報酬を支払って行われるデジタルコンサートもあります」

「ただ始めは新鮮だったデジタルコンサートも人々は飽きつつあり、また人々の多くが仕事をオンラインでしなければならない状況下、スクリーンを通してではなく、実際に生身で体感できるものを欲している人が多いように感じます」

対面の現場だからこそ生まれる緊張感はどうしても欠けてしまう。チケットを買ってから会場に向かい、聞いてから帰るまでの体験は失われる。アーティストとしても複雑な心境は隠せない。

「普段コンサートに来る習慣のない人たちにも届けられるという点で、新しいリスナー層を増やす可能性が広がるという良い点もあります。デジタルコンサートが始まった当初、コンサート会場のオーナーの一人でありロックバンドに参加する知人が『普段はコンサートをやってもあまりお客さんが来ないけれど、デジタルコンサートで5000人以上の人が視聴していたよ。それに寄付金も、普段の報酬以上に集まったよ。これは今後の人々とライブハウスのあり方を確実に変えるだろう』と言っていたのが印象に残っています」

今は、この状況下でできることを

ジャズ・トランペッター、ニルス・ペッター・モルヴェル Nils Petter Molvaer Photo:  Per Ole Hagen
ジャズ・トランペッター、ニルス・ペッター・モルヴェル Nils Petter Molvaer Photo: Per Ole Hagen

新型コロナとノルウェー音楽界のこれからを彼らはどう見ているのだろうか。

ファルクさん「ノルウェーでは今は50人まで、6月15日からは200人までなら人を集めてコンサートはできます。でも、500人以上は集まらないと経済的な収入にはならない。良いコンサートを生で聞くまでには、半年はかかるでしょう。それまで待っていられないので、私たちはファンに何かを届けたいんです。来年はたくさんのコンサートが待っていますよ!」

クリスティアンさん「いつ終わるのか分からないという不安が業界を覆っており、経済的にもつらいですね。それでも、一時解雇になっても補償を受けられる福祉社会があるので、ノルウェーに住む人は幸運です。重要な夏フェスは中止になってしまった。音楽家は屋外演奏が大好きなのに。それでもコロナ時代に、音楽を聞くためのできるだけよい選択肢を模索したいじゃないですか。だから、私たちは最高のクオリティーのビデオを届けたいんです」

・・・・・

デジタル・ジャズフェスティバルに出演する15組の一部:

アリルド・アンデルセン・グループ

ブッゲ・ヴェッセルトフト

トルド・グスタフセン・トリオ

ケティル・ビヨルンスタ

トリグヴェ・セイム

マティアス・アイク

ニルス・ペッター・モルヴェル

セリア・ネルゴール

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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