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ノーベル平和賞発表の翌日の恒例行事、ノルウェー流・平和教育と議論

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
受賞者ICANのロゴを持つ子どもたち Photo: Asaki Abumi

6日に発表されたノーベル平和賞。受賞者は「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)だった。

ノーベル賞の舞台といえば北欧スウェーデンを思い浮かべる人も多いかもしれないが、平和賞の発表・授与のみは、隣国ノルウェーでおこなわれる。

受賞者は王宮裏にあるノルウェー・ノーベル委員会の建物の中で発表される。

世界中の報道陣が集まる発表の場 Photo:Asaki Abumi
世界中の報道陣が集まる発表の場 Photo:Asaki Abumi

世界中で受賞者が話題となった次の日、毎年必ず開催される恒例行事がある。

首都オスロの中心地にあるオスロ市庁舎は、12月の授与式の会場となる。ここから徒歩1分のところにあるのが、人気の観光スポットである「ノーベル平和センター」だ。メダルの形をしたチョコレートが、日本人観光客の間で人気のお土産となっている場所でもある。

受賞者発表の翌日は、センターでの通常のチケット料金およそ1400円が全員「無料」となる。

観光客が次々と訪れる中、センター内ではおよそ3時間に及ぶ贅沢なイベントが始まる。

センター内を「核兵器 反対!」と声に出して行進する子どもに、外国人観光客は目を丸くしていた Photo: Asaki Abumi
センター内を「核兵器 反対!」と声に出して行進する子どもに、外国人観光客は目を丸くしていた Photo: Asaki Abumi

まずは6~12才の20人ほどでなる「子ども平和クラブ」が登場。ノーベル平和賞の受賞者のことを、この日の朝に特別レッスンで学んだあと、館内にいる大人の来場者に、受賞者のことを「教えて」まわる。

ICANの文字が書かれた札を手にもって、子どもたちは「核兵器 反対! 核兵器 反対!」と何度も大きく口に出して、館内と外を回る。この光景には、違和感を覚える人もいるかもしれない。

彼女たちは館内にいる来場者に話しかけ、今年の受賞者の話をする Photo: Asaki Abumi
彼女たちは館内にいる来場者に話しかけ、今年の受賞者の話をする Photo: Asaki Abumi

茶色い建物の市庁舎の方向から歩いてくるのは、ノルウェー・ノーベル委員会のニョルスタッド秘書。子どもたちは委員会の代表をこうして「出迎える」ことが恒例となっている。

子どもたちに歓迎される委員会のニョルスタッド秘書 Photo: Asaki Abumi
子どもたちに歓迎される委員会のニョルスタッド秘書 Photo: Asaki Abumi

通常は委員長がくるが、この日は他の用事のために、右腕である秘書が訪れた。

秘書に向かって、子どもたちは「核兵器 反対! 核兵器 反対!」とまた連呼する。

「ICANについて何を学びましたか?」と、秘書や平和センターのスタッフが子どもたちに問いかける。まだ、覚えたばかりの平和賞受賞者のことをしっかりと説明できない子もいた。「最も危険な爆弾ですね」と、秘書は語りかける。

この光景を周囲の大人たちは微笑ましそうに見守っていた。ノルウェー流の平和教育とはいえるが、ICANの受賞に複雑な思いを抱く人には、奇妙な光景にうつるかもしれない。

子どもたちの未来が平和であるように

今年のディプロマットが初めてお披露目された瞬間 Photo: Asaki Abumi
今年のディプロマットが初めてお披露目された瞬間 Photo: Asaki Abumi

毎年、今年の平和賞のシンボルデザインともいえる「ディプロマット」が発表される。アーティストであるWillibald Stornによって撮影された今年のデザインは、裸の幼児を抱く女性の姿。

「子どもが平和な世界で育っていけるように」という願いを込めて、母親の愛を反映している。未来の象徴である子どもと一緒に、ディプロマットを覆っていた布が取り外された。

ノーベル委員会が一般市民に向けて講演

英語とノルウェー語で2時間もの講演をする秘書 Photo: Asaki Abumi
英語とノルウェー語で2時間もの講演をする秘書 Photo: Asaki Abumi

その後は、ノーベル委員会のニョルスタッド秘書が、英語で講演をする。なぜ、今年はICANとなったのか説明した後は、聴衆は自由に質問ができる。

ノーベル平和賞の受賞者の発表といえば、毎年「なぜその人や団体に?」と疑問を抱く人々が世界中にいるかもしれない。この場にくると、直接問うことができる貴重な場なのだ。

ノーベル委員会に誰もが質問ができる、めったにない機会 Photo: Asaki Abumi
ノーベル委員会に誰もが質問ができる、めったにない機会 Photo: Asaki Abumi

短い休憩の後に、秘書はノルウェー語で同じ内容を講演する。英語の時は、聴衆は観光客が多かったので、穏やかな雰囲気だった。

ノルウェー語の講演では、核問題の現状に詳しい専門家や団体の人の姿が多くなる。結果、ノルウェー政府の対応についてどう思うかなど、批判的な質問も相次いだ。

受賞者であるICANノルウェー代表も交えて公開議論

ICANノルウェー代表(左)は発表された瞬間から現地メディアに引っ張りだこに Photo: Asaki Abumi
ICANノルウェー代表(左)は発表された瞬間から現地メディアに引っ張りだこに Photo: Asaki Abumi

最後のイベントは、歴史家などの専門家を加えて討論の時間となる。ここには、今年の受賞者であるICANノルウェーの代表も参加した。

「平和についての議論は、少しでも早い段階から始めたい」とセンターの広報は話す。

センターには最も有名な部屋がある。暗い空間の中で、光りながら浮かぶスクリーンの部屋。歴代の受賞者の顔などが浮かび上がってくるのだが、すでにICANのロゴが描かれた新しいスクリーンが仲間入りしていた。

ノーベル平和賞のシンボルともなっている光る青い部屋 Photo:Asaki Abumi
ノーベル平和賞のシンボルともなっている光る青い部屋 Photo:Asaki Abumi

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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