Yahoo!ニュース

投票前日、ノルウェー最大政党が50万人の携帯に選挙メール送信、人々を苛立たせる

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
赤色と薔薇がロゴマークの労働党 Photo:Asaki Abumi

国政選挙の投票日を11日に迎えるノルウェー。前日10日午前、50万人の携帯電話に突然送信されたSMS(ショートメッセージサービス)が、大きなニュースとなった。

現在は野党だが、最大議席数を維持し、左派陣営を指揮する労働党。同党の党首は選挙結果次第では次期首相となる。

50万人に送ったメール内容は、「国政選挙は接戦となります。保守党と進歩党が政権に座り続けるかどうかを決めるのは、あなたです。政権交代を望んでいますか?減税よりも、学校や高齢者対策のほうが重要だと思いますか?それなら、労働党に投票しましょう!」。

ノルウェーでは、政党が個人情報を密かに入手し、特定の党のボイコットや投票を「携帯メールで呼びかける」ということが浸透していない。

人口は520万人で、今年は64万人が「どこの党に投票するか」、まだ迷っているとされる。

公式な投票日は11日だが、10日もすでに投票は可能となっていた。

安息日である日曜日に選挙メール送信というタブー

人々が否定的に反応した理由は、送信された日付が安息日であるはずの「日曜日」だから。

大規模な店やスーパーが閉まり、酒の購入などができない日曜日は、以前からリラックスする日とされている。

また、長かった選挙運動期間の最終日である投票前日は、有権者が「静かに考えられるように」考慮すべきだ、という考え方もある。

教会でお祈りしている人も突然メールを受け取り、労働党のSNSなどに憤りをぶつける人も続出。

「これは違法ではないのか?」という困惑の声が、FacebookやTwitterに続々と投稿された。

消費者団体は、現地メディアに対し、「政党からのメッセージはマーケティングとみなされないため、違法ではない」とコメント。

「多くの人は気にしないと思うが、不快と感じたら謝罪する」とNRKにコメントしたストーレ党首 Photo:Asaki Abumi
「多くの人は気にしないと思うが、不快と感じたら謝罪する」とNRKにコメントしたストーレ党首 Photo:Asaki Abumi

ノルウェーでは住所などの個人情報は簡単に入手しやすい。携帯電話の番号は、守られるべき情報として優先されにくいともされる。

今回のメールは返信をしてもエラーとなる設定になっており、憤りを感じた受信者は報道機関に連絡したり、SNSで不満をぶつけた。

多くのメディアでも速報として流れ、労働党は公式HPなどに経緯を記載。

自分たちの行為は「広告」ではなく、「政治・選挙情報」と説明。個人情報は消費者の情報を売るPR会社から購入された。

一方で、「不快に思う方がいたら謝罪する」と党は説明している。

日本人であり、選挙権がない筆者や日本人の友人には届いていなかったのだが、ノルウェー人の友人たちには届いていた。

筆者の友人の携帯に届いたメール Photo:Private/Screenshot
筆者の友人の携帯に届いたメール Photo:Private/Screenshot

「労働党からSMS届いていた?」と聞くと、「届いていた。どうして俺にこれが届くんだ」と不思議な顔。自分の情報を労働党が企業から購入したと聞いて、「ひどい。支持していない党からこういうメールがくるのは不快だ」と呆れていた。

メール戦略を笑う首相と対立政党

労働党が投票しないように呼び掛けたのは、右派政権を担う保守党と進歩党。

保守党のソールバルグ首相はこの日のFacebook動画で、「私の携帯電話の番号は秘密となっているので、SMSはこなかった」と、労働党の行為を笑う。

NTB通信社によると、首相の夫の携帯電話にもメールが送信された。

保守党(左、首相)と労働党(右)の各党首の選挙ポスター、地下鉄駅で Photo:Asaki Abumi
保守党(左、首相)と労働党(右)の各党首の選挙ポスター、地下鉄駅で Photo:Asaki Abumi

皮肉にも保守党や進歩党の大臣たちの携帯電話にもメールが届く。

受信してしまった漁業大臣、教育大臣、外務大臣などは苦笑しながら反撃。返信してもエラーとなるとは分かりつつ、「私は労働党には投票しない。なぜなら……」と回答、スクリーンショットを撮り、SNSにアップした。

他の政党も選挙運動中にSMS送信をすることはできたが、「不快な気分にさせるだろうことを想定していたので、考えなかった」と報道陣に答えている。

労働党は人気第1位を誇る政党ではあるが、最近の世論調査では驚くほど支持率が下がっている

この日のメール送信で、「そこまで崖っぷちにいて、あせっているのか?」と一部の国民を驚かせる結果となってしまった。

一方で、「話題となる」ことには成功したといえる。

国営放送局NRKに対し、ノルウェー科学技術大学のオールバルグ政治学者は、「投票日前日のリラックスする習慣が薄れつつある」とコメントした。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

鐙麻樹の最近の記事