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市民の車規制が進むオスロで、政治家の日常生活が批判を浴びる。なぜ彼らは車を利用していいのか?

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
車規制、でも政治家は特別扱い?  Photo:Asaki Abumi

環境対策のために、一般市民のディーゼル車の規制計画が着々と進むノルウェーの首都オスロ。しかし、市民生活を大きく規制する可能性のある政策だと明らかになるにつれ、現地報道や市民からは懸念する声が高まる。すでに、オスロ中心部では、車の駐車代金が値上がりし、車の利用者は行き場をなくしつつある。電気自動車も、排ガスは出さないが、自転車よりも道路の幅を広くとりすぎているとして、緑の環境党は批判的だ。オスロでは、電気自動車でさえ、数年後に行き場を失うかもしれない。

車を「環境の悪」だとする発言が目立つオスロ市議会行政府。市民には、自転車や公共交通機関を使うか、歩くことを推奨している。政策を担うのは、行政府に座る労働党、緑の環境党、左派社会党だ。現在、この3党のリーダーたちが連日メディアやSNSでバッシングを浴びている。なぜなら、当の本人たちが、それぞれの理屈で都合のよい時に車を利用しているからだ。

「車は悪」、だけど自分はタクシーで移動

始まりは、昨年の統一地方選挙後、行政府の役職が公式に発表された10月だった。オスロの交通政策において決定権をもつ環境・交通通信局長のラン・マリエ・ヌイェン・ベルグ氏(緑の環境党・冒頭写真右)。

国営放送局の生放送で、オスロ中心地のカーフリー計画などを熱弁した直後、自身はタクシーに乗った。これを目撃したのは、敵対する進歩党の現・交通大臣。大臣がSNSでこのことを「おや?」と暴露したことから、すぐさま大きな全国ニュースとなった。「タクシーはいいのだ」とする彼女や党の主張は、党以外の人間にとっては理解しにくい理屈だと捉えられた。

ベルグ氏は、今でもタクシーの一件で笑いのネタにされている。最も批判されやすい役職に就いているベルグ氏は、職場である市庁舎には、通常は自転車で通勤中だ。

「政治家は市庁舎の駐車料金を払うべき」、と発言した市長だが?

オスロ市長であるマリアンネ・ボルゲン氏(左派社会党・冒頭写真左)。「市庁舎の駐車場を使う政治家は、環境に悪い車を利用しているのだから、駐車料金を支払うべきだ」と、2012年に緑の環境党と共に主張していた。当時、ボルゲン氏は国営放送局に対し、「政治家は手本となるべき」とコメントしていた。だが、市長になった現在は、この政策を再度提案する予定はないとし、自身は無料で駐車場を使用できる権利を有し、市民の税金で、必要ならば車送迎されている(参照)。

スパイクタイヤと運転手付きの高級車を使用。請求先は市民

今、さらに大きな批判を浴びているのは、行政府のリーダーであるレイモンド・ヨハンセン議長(労働党・冒頭写真中央)だ。VG紙は、3月30日に大きな見出しで、同氏が仕事の移動に、運転手付きの高級車を使用していることを報道。ガソリン車で、しかも雪が少なかった冬にも関らず、今もスパイクタイヤ付きだ。市民の税金が使われている。市庁舎の駐車場はもちろん無料。

この一件は、反対勢力であり、現在の政権に座る与党からも批判されている。現地報道で、ノルウェー語で「レイモビーレン」=「レイモンドのあの車」と名付けられた。

4月3日、オスロに10年ぶりに新メトロ駅がオープンした。オープニングセレモニーで、環境・交通通信局長のベルグ氏と共に笑顔で喜びを表した写真をSNSに投稿したヨハンセン氏だが、「車の件をなんとかしろ」と批判コメントが目立った。同時に、「レイモビーレンで駅まで行ったのですか?」、ベルグ氏に対する質問で「環境局長は、レイモンド王の行動をどう思っているのですか?」というふたつのコメントがヨハンセン氏のフェイスブックから削除され、またもやVG紙でそのことが報道された。

北欧ノルウェー便り「北欧で最大数のメトロ駅を誇る街に オスロに10年ぶりに新駅 101駅目はカラフルな北欧建築デザイン」

ヨハンセン氏はVG紙に対し、車の利用や車種において、自身には決定権がなかったと反論。テロ事件以降、安全面を考慮した市庁舎側の判断だとする。だが、各報道機関からは、「市民にここまで強制的な規制を強いながら、政治家の言葉に行動が伴っていない」と批判が続出。

安全面と主張するが、レイモンド氏よりも権威があり、次期首相候補の労働党のストーレ党首は、公共交通機関を利用している。オスロ以外の街、ベルゲンやトロンハイムの市庁舎のリーダーたちは、このような高級車送迎を利用していない。あまりにも大きな批判騒動に、ヨハンセン氏は今後、環境によりよい車に変更できないか市庁舎に打診・検討予定としている。

市民生活を規制する政治家への苛立ちの表れか?

オスロ市民の支持があったからこそ選ばれた3党だが、ここ最近は驚くほど批判を浴びている。ノルウェーの報道機関も、政策批判を重視し、通常は政治家の日常生活にここまでフォーカスはしない。だが、今回は政治家が市民生活に大きくメスをいれようとしていることから、政治家たちの日頃の行動が厳しい目で見られるようになった。軽そうなネタには飛びつかないはずの国営放送局も、今回のレイモビーレン騒動を報道した。

オスロの環境政治家たちは、はたして市民のお手本となれるのだろうか?

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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