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故郷イランで禁じられた音楽 ブラックメタルの聖地ノルウェーへ逃亡した男

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
「ブラックメタル難民」として暮らす音楽家 Photo: Asaki Abumi

ブラックメタルの聖地ノルウェー

北欧ノルウェーは、ブラックメタル界の聖地として知られる国だ。バンド「メイへム」や集団「インナーサークル」をはじめとして、歴史の基盤を築いてきた。ノルウェーで関連スポットを巡り、音楽が生まれた土地を実際に体験しようと、世界各国のブラックメタルファンがノルウェー語を学び、この地を訪れる。

悪魔崇拝、殺人、教会の放火などの恐ろしい印象が付きまといやすいが、今はかつてほどの犯罪のイメージとは程遠い。人権が尊重されたノルウェーでは、ブラックメタリストたちは自由に今も活動しているが、それが許されていない国がある。イランだ。

23~26日に、オスロでは国内最大のブラックメタルフェス、「インフェルノ」(Inferno)が開催中。そこで、3人のブラックメタリストにフォーカスしたドキュメンタリー映画『ブラックハーツ』(Blackhearts)の試写会が催された。

イランからノルウェーへ、ブラックメタル難民に

主人公の1人が当時イランで唯一のブラックメタル・アーティストであったシーナ(Sina)だ。バンド「From The Vastland」として活動。イラン政府が音楽活動を規制する母国で、彼は逮捕されるリスクを背負いながら毎日を送っていた。今は、逃亡してきたかたちで、ノルウェーに滞在中。上映後、舞台裏で単独インタビューをする機会に恵まれた。

イランで次々と逮捕されるメタル関係者

シーナ(37)は、15年間以上、イランで活動。約10年経った頃、次第に、メタルというジャンルがイランで注目を集め始める。同時に、イラン政府は次々とメタリスとたちを逮捕・投獄し、音楽活動を規制し始めた。ロックやメタルの中でも、ブラックメタルはブラックリスト入りされていた。

「イラン政府はさまざまなジャンルの音楽活動を制限しているけれど、特にメタルに関しては反宗教的だとして厳格。コンサートの開催、作品の録音やリリースは禁止され、メタル音楽を取り扱う店もない」。

ロックやメタルを愛することは、身の危険を意味する

イランでは、毎日恐怖と戦いながら暮らしていたという。「何人もの仲間たちが政府と問題を起こしていたからね。文化省から演奏許可を得ていたのに、ロックフェスの当日に舞台で警察に逮捕された仲間もいる。宗教的な集団だとみられ、観客さえも逮捕されるリスクがある」。ロックやメタルを愛する者は、誰もが逮捕されるリスクを負うとシーナは語る。

シーナも、森でミュージックビデオの撮影中、逮捕されかけたことがある。たまたま警官がメタル音楽に詳しくなかったことから、「これは演劇です」と言い逃れたそうだ。

「僕も自分の身を心配し始めてね。ちょうどそのとき、この映画のプロデューサーが連絡をくれたんだ」とシーナは振り返る。映画の撮影が国内外で始まり、2013年に憧れのノルウェーの地に飛び、インフェルノ祭の舞台に立つ。

イランでの音楽活動規制が、ノルウェーで大きなニュースに

ノルウェーでの活動は、シーナにとって、帰国後にイランで逮捕されるリスクを意味していた。そのことを、複数のノルウェーの大手全国紙は大きく報道。自由の国ノルウェーでは、ブラックメタリストが危険人物として逮捕されるという事実は、信じられないことだった。

「ノルウェーに移り住めばいいのに」と、多くの人に言われた。だが、フェス後に帰国しなければ、イランにいる家族が政府に罰せられるかもしれない。音楽の自由な地ノルウェーに未練を残し、シーナはイランへと再び戻った。

二度と母国には戻れない道を選ぶ

その後、シーナは2014年に再びノルウェーに戻ってきた。政府に迫害された難民としてではなく、アーティストとしての特殊な滞在許可を取得。欧州圏外者にとって、ノルウェーでのビザ取得は難しい。アーティスト・ビザは、通常の労働許可証よりも厳しい審査をパスしなければいけない。「僕の背景をノルウェーメディアが大きく報道してくれたことも、移民局が受理した後押しとなっていたと思う」、と当時を振り返る。現在は、映画プロデューサーが住む北部、第三の都市トロンハイム周辺の村に住み、音楽活動を続ける。

彼の立場は、迫害された「難民」と事実上ほぼ変わらないといえるだろう。イランに戻れば、逮捕される可能性は高く、すでに母国を捨てたことになる。「ノルウェーに滞在中の2年間で、すでにライブ活動、インタビューを受け、作品もリリースした。さすがに、もうイラン政府には、活動がばれているよ。逮捕されると思うね」と話す。

ノルウェーはブラックメタリストにとって、憧れの地。シーナにとって、第二の故郷となる

今、ノルウェーの地で、警察や政府の目を恐れずに活動できるシーナの目は輝いている。

将来的には、永住ビザを取得したいシーナ。「もうノルウェーにはバンド仲間や友人がいるからね。第二の故郷だと感じるよ。ノルウェーはブラックメタル界の偉大なアーティストが集まる国だ。ノルウェー人は親切で、僕も自分を異端者だと感じない」と、音楽活動を自由に続けられるノルウェーに感謝していると語った。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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