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難民問題で揺れるノルウェー

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
国会議事堂前でのデモ Photo:Asaki Abumi

難民増加で国民の不安が高まるノルウェー

「他国よりも魅力的と、難民がノルウェーに押し寄せるようであってはならない」。10月31日の国家予算の追加案(別名「難民支出」)の記者会見で、ノルウェーの首相と財務大臣が率いる現政権の姿勢は明確だった。

「難民にとって魅力のない国に」、ノルウェー政府が追加支出。受け入れを厳しく

「支援はするが、難民の受け入れを厳しくする」。今、その姿勢を後押しする世論の声が強まっている。これまでの人権重視だった左寄りの社会の動きを考えると、難民問題がノルウェーの政治や国民意識の根底を揺さぶり始めているのは否めない。

ノルウェーの政界を変えつつある進歩党

ノーベル平和賞の授与式も開催されるノルウェーは、平等国であり、北欧の中でも平和を特に象徴する国というイメージが国際的に強い。欧州の難民問題が世界中で注目を集めた頃、ノルウェーでは「難民を受け入れよう」という社会全体の動きが濃厚だった。

国内メディアも日本と比較すると左寄りの記事が多いため、移民・難民政策に最も厳しい進歩党は、「差別的だ」と捉えられる書き方をされることが多い。だが、進歩党の政策は、日本と比較するとそこまで差別的とは受け取りにくい側面もある。

難民支出は誰が支払うべき?

追加予算案では、42億ノルウェー・クローネを開発援助資金枠から引き出すことが提示されており、野党や慈善活動団体から抗議の声があがっている。セーブ・ザ・チルドレン・ノルウェーによると、今回の削減で貧困国の約45万人の子どもたちが通学できなくなるという。

お金を手放さない首相と財務大臣を皮肉る学生。国会前 Photo:Abumi
お金を手放さない首相と財務大臣を皮肉る学生。国会前 Photo:Abumi

首相「国の経済と未来を支えるために、国内予算は削れない」

4日の国会演説では、アーナ・ソールバーグ首相は野党からの批判を受けて、「ノルウェーは石油以外の収入源を見出す必要があり、将来のために開発・教育・研究・イノベーションにさらなる投資をしなければいけない。減税をして、国内で企業が事業開発をしやすい地盤づくりをする必要がある」と国内での予算を削らず、開発援助金から難民支援を充てるいう選択が不可欠だったと反論。「福祉制度を保持したいのならば、全分野を優先することはできない」とした。

国会前でデモ

「最もなにもない人々から取るな」と書かれた幕 Photo:Asaki Abumi
「最もなにもない人々から取るな」と書かれた幕 Photo:Asaki Abumi

同じ時、国会の外では、開発援助資金削減の反対デモが行われていた。約160の団体を代表する赤十字などの人道支援団体、青年党、野党の党首や議員が集まり、主催者側によると、その数は平日の日中12時という勤務時間にも関わらず約600人となった。デモの様子は国営放送局がネットで生中継した。

難民のためのお金は、国の納税者が負担するべき?

「難民を支援するためのお金を、貧困層を支援する資金からとってはいけない」というのが、共通の認識だ。では、どこから難民支援金をだすのかというと、「ノルウェー国民から」という声があがる。提案は団体により異なるが、ガソリン価格や税金を上げるなど。

しかし、「国内の福祉の恩恵は、移民・難民よりも、長年納税者であった国民が受けるべきもの」という考えで、年金生活者への支援を公約としていた進歩党は、それを許さない。

聖職者トップも声を挙げる Photo:Asaki Abumi
聖職者トップも声を挙げる Photo:Asaki Abumi

教会も現政権を批判

国会前でのデモでスピーチをした代表者の中には、ノルウェー国教会の最高職位にあたるヘルガ・ハウグラン・ビーフリーエン司教の姿もあった。「最も貧しい人々に請求書を送るのではなく、それはノルウェーの人々が払うべきもの。政治家に責任をとるように、私たちは訴えかけなければいけません」と広場に集まった人々に語った。司教は前日も国営放送局のラジオやテレビ番組で、進歩党の農業・食糧大臣と、難民問題と予算案について激しい討論を繰り広げた。

「聖職者の立場で政治的発言をすることで、政治家から圧力がかからないのか」と聞いたところ、司教は否定せず、「さまざまな反応があります。でも、今は特別な時ですから」と答えた。

このような人権重視の動きが強いのが、これまでのノルウェーらしい光景ともいえる。

保守党と進歩党の支持率がアップ

進歩党党首は難民に優しすぎる制度を許さない Photo:Asaki Abumi
進歩党党首は難民に優しすぎる制度を許さない Photo:Asaki Abumi

だが、毎日ロシア国境から渡る難民の数が増加するにつれて、国民の意識に変化が現れている。4日付けの国営放送局の報道によると、現政権の保守党と進歩党がさらに支持率を上げた。これが2年後の国政選挙の結果だとしたら、連立野党とあわせても議席の過半数を占める。

11月支持率

保守党 23.8% (10月と比較して+3.5%)

進歩党 13.3% (+0.5%)

現在、政権と野党は難民対策に向けての予算案の緊急会議を連日開いている。難民の受け入れを厳しくしようとする保守党と進歩党、そして野党ができる限りの合意に至るために、どの党がどの程度妥協するのか注目を浴びている。

ロシアですでに滞在していた人が、ノルウェーの福祉を求めて流入

ロシアですでに滞在許可証が出ているにも関わらず、国境を越えてノルウェーに来ようとするアフガニスタン人が続出してることを嫌う進歩党は、受け入れを厳しくし、必要であれば強制送還させる方針を崩さない。

ノルウェー10月の難民申請者は約8,800人。ロシア国境では自転車乗りの難民に新たな問題も

デモがあったこの日、アフテンポステン紙によると、ロシア国境を越え、ノルウェーで難民申請をした人は196人となった。この様子が続けば、政府が予測していた1年に3万3千人の難民申請者という数字を、すぐに超えることとなる。進歩党の党首でもあるシーヴ・イェンセン財務大臣は、このまま黙ってはいないだろう。

Photo&Text:Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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