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可愛い子犬がどこから来たか知っていますか?米ペットショップで犬を買うことが敬遠される理由

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
ペットショップに陳列された子犬(2017年)。(c) Kasumi Abe

美しい毛並み、澄んだ瞳、フリフリと愛嬌良く揺れるしっぽ。ペットショップで見かけた愛らしい子犬に一瞬で心を奪われてしまった……。そんな経験は、きっと誰でもあるだろう。

しかしその可愛いペットが一体どこからやって来たものなのかまでを考える人は何人いるだろうか。

ペットショップで見かけたその可愛い子犬は、もしかして「パピーミル」出身かもしれない。信じがたい犬の苦しみの真実を、アメリカからレポートする。

パピーミルとは「乱繁殖させる劣悪な子犬生産場」

子犬生産場という意味のパピーミル。ペットショップで販売するための営利目的用に、子犬を無責任に量産させる悪徳業者だ。

彼らは犬や猫などの小動物を狭いケージに入れたまま、散歩に連れて行かず、与えるものといえば安価で栄養のない粗悪な食べ物。そして糞尿まみれの不潔極まりない飼育環境で子を産ませるだけ産ませて、不要になったら捨てる。

「用無し」と見なされるのは、子犬を産むことができなくなった親犬、買い手がつかないような見てくれの良くない犬、障害を持った犬などだ。それらの犬はアニマルシェルター(保護施設)に持ち込まれる場合もあるが、基本的にはパピーミルによって安楽死させられる。

アーカンソー州のパピーミルから犬が救出される様子

  • グーグルイメージで「puppy mills」「パピーミル」で検索すると写真(悲惨なペットの現実)がたくさん出てくる。

このようなパピーミルは全米におよそ1万軒あるとされる。東海岸ではペンシルベニア州に集中し、そのほとんどはここに古くから住むアーミッシュ*の人々によって運営されている。生計を立てるためであり、彼らに取ってそれは農業より簡単で手取り早く収益化できる方法だ。

*アーミッシュ:現代においても電気や電話、インターネットなど現代技術を生活に導入することを拒み、農耕や牧畜など近代以前と同様に自給自足の生活を(可能な限り)営んでいる宗教集団。

パピーミルのような劣悪な飼育環境や処分という名の廃棄は動物虐待の1つと見なされる。動物愛護の思想は知識層の間でますます広まっており、アメリカをはじめとする先進諸国では、パピーミルの運営に反対する声が高まっている。しかし法律の規制がなかなか進まないため、今も不当な運営を続けるパピーミルやペットショップが存在するのも現状だ。

進まぬ法改正の傍でまずは人々の意識改革から着手しようと、毎年この時期を「パピーミル啓発デー(Puppy Mill Awareness Day)」とし、全米でパピーミルへの抗議活動や消費者に対する啓発イベントが行われる。

悲惨なペットの現実を人々に知らしめたいと、イベントでは犬を飼いたい人に対して、ペットショップでの購入ではなくアニマルシェルターやレスキュー団体から保護犬をアダプト(保護、引き取り)することを奨励している。

パピーミル啓発デーは、毎年9月の第3土曜日に実施。(c) Kasumi Abe
パピーミル啓発デーは、毎年9月の第3土曜日に実施。(c) Kasumi Abe

ペンシルベニア州でこのイベントを取り仕切るのはキャロル・アラネオ-メイヤー(Carol Araneo-Mayer)さん。支持者や賛同者の協力の下、イベントで人々にパピーミルの現実を啓蒙し、彼らが処分しようとする犬を引き取って新たな飼い主を探す活動をしている。19年前にこれらの活動を始めるきっかけは、レスキュー団体に引き取られた捨て犬の「現実」を知ったことから。

「多くはペットショップの売れ残り、もしくはさまざまな理由で飼育放棄され行き場のない犬たちで、しかも彼らはもともとパピーミルから来たものと知りショックを受けました」

キャロルさんによるとそのような犬の多くは虐待による心の傷があり、精神的な問題を抱える行動が見られるという。

「パピーミルで飼育された犬は適切な医療措置を受けておらず、粗末なフードや飲み水しか与えられていないので不健康です。母犬に十分な栄養や社会生活が与えられていないのですから、生まれた子犬の体も弱く不健康です」

パピーミルの啓発活動を20年近くしているキャロルさん。(c) Kasumi Abe
パピーミルの啓発活動を20年近くしているキャロルさん。(c) Kasumi Abe

不要になって捨てられた犬の救出先で見た、精神を病む犬

別の日、パピーミルから救出した犬の引き取りをするボランティアに同行し、キャロルさんも関わるニュージャージー州のレスキュー団体、アダプト・ア・ペット(Adopt A Pet)へ向かった。

この日救出された犬は、5~9歳の5匹。彼らはパピーミルで役に立たなくなるまで飼育され、挙句の果てに捨てられる寸前のところを救出された。子犬は売れ行きが良いため市場に出される。よって中には産後6週間で子犬から離された母犬もいた。どの犬も手入れされていないから綺麗とは言い難い。肥大化した乳首もお腹の肉も垂れ下がっている。火傷の跡のようなものがある犬もいた。

里親探しのボランティアをしているアンドレア・スティンセン(Andrea Steensen)さんによると、救出されたこれらの犬はまだラッキーな方で、救出できない犬もいる。

パピーミルから救出された犬たち。(c) Kasumi Abe
パピーミルから救出された犬たち。(c) Kasumi Abe

別のボランティアの知人がここから1匹を連れ帰り、里親が見つかるまで面倒を見るという。しかし車内でも自宅でも、四六時中日陰の暗くて狭い隙間にうずくまったまま出てこない。精神が完全にやられているようだ。その様子を見て、いかにこの犬がこれまで悲惨な環境で生きてきたのか、パピーミルの現場を見なくとも容易に想像でき、いたたまれない気持ちになった。

この犬はずっとこの場所から動こうとしなかった。歯も汚ないのは「まともな飲み水を与えられていないから」とキャロルさん。(c) Kasumi Abe
この犬はずっとこの場所から動こうとしなかった。歯も汚ないのは「まともな飲み水を与えられていないから」とキャロルさん。(c) Kasumi Abe

以前パピーミルから来た犬を引き取ったことがある松村京子さんは、その犬と対面した時をこう振り返る。

「緊張で体がガチガチに固まり異常に怯えていました。虐待されていたのでしょう。どうかせめて自分だけでも信用を得ようと必死に面倒を見ました。心を開いてくれるまで1年くらいかかりましたが、最後はかけがえのない家族の一員になりました」

なかなか進まぬ法規制

「問題は人々がペットの命に対して責任を持っていないことにある」と言うのは、パピーミルの劣悪な飼育環境に異を唱える団体、United Against Puppy Millsの代表、ジャッキー・キーニー(Jackie Keeney)さん。

「人々がペットの命に対して責任を持っていないことが問題」とジャッキーさん。(c) Kasumi Abe
「人々がペットの命に対して責任を持っていないことが問題」とジャッキーさん。(c) Kasumi Abe

ジャッキーさんによると、パピーミルの運営業者への州法規制を強め、飼育環境の改善を求めているが、無登録&覆面で運営しているパピーミルも存在するといい、法規制や改善には時間がかかっているのが現状だ。

「法律が変わるのは時間がかかりますから、まず人々への啓蒙から始めています」と言うのはStop Online Puppy Millsの代表、ジェイニー・ジェンキンズ(Janie Jenkins)さん。犬を飼いたいと思っている人が良い選択ができるよう、ジェイニーさんはパピーミルの現状を伝える活動をしている。

運営を始めてかれこれ9年。当初と比べて店舗での販売は減ったが、代わりにオンライン販売が増えていると言う。

「子犬がどれほど劣悪な環境から来たか、親犬がどんな環境で飼育され、産まされているかを知ることは大切です。それを知らずして、命ある生き物がまるでモノのようにボックスに入れられ、配達されるなんてことはあってはならないことです」

「劣悪環境を知った人ならモノとしてペットをオーダーしないだろう」とジェイニーさん。(c) Kasumi Abe
「劣悪環境を知った人ならモノとしてペットをオーダーしないだろう」とジェイニーさん。(c) Kasumi Abe

「ペットを買わない」世界で高まる機運

動物愛護は、世界中で関心が高まっている。

アメリカではカリフォルニア、イリノイ、メリーランドなど5州においてペットショップでの犬猫などの店頭販売が禁止されている。ニューヨーク州では今年6月、同様の法案(パピーミル・パイプライン法案:Puppy Mill Pipeline Bill)が州議会で可決され、州知事の署名を待つばかりだ。一方で大きな財源を失うとして、ペットショップの経営者からは法案への署名に反対するロビー活動が起こっている。

フランスでは2024年から、ペットショップなど店舗での犬猫の販売が法律で禁止される。飼いたい場合はブリーダーからの直接購入やアニマルシェルター(保護施設)からの引き取りなどに限られる。

ショウウインドウから生きた犬猫の姿が消えたペットショップ。(c) Kasumi Abe
ショウウインドウから生きた犬猫の姿が消えたペットショップ。(c) Kasumi Abe

ペットを飼いたい場合はどうする?

ペットを飼いたい場合、捨てられた犬や猫を一時保護するアニマルシェルターやレスキュー団体でのアダプト(保護、引き取り)が推奨されている。血統書付きの犬にこだわる場合は、愛情を持ってきちんと育てる環境を整えたブリーダーを利用すると良い。正当なブリーダーかどうかの判断は、アメリカでは「AKC(American Kennel Club)に登録しているブリーダーで詳細を調べることができます」。(アンドレアさん)

「犬を購入するならば、その犬がどこから来たものなのかを徹底的に調べてほしい」とキャロルさんは念を押す。以前、子犬の親に会って親犬がどのような生活をしているかを確認したいと業者に依頼した時のこと。「なぜ親のことがそんなに気になるのか?」と聞かれ、唖然としたそうだ。

「業者にとって親犬は子犬を産み出すマシーンに過ぎません。誰も子犬をペットショップで買わなくなれば、もはや利益にならないのだから、パピーミルは犬を繁殖させることを止めるでしょう。この問題は消費者次第なのです」

(Text and photos by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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