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ロシアが東京五輪金の米スター選手、ブリトニー・グライナーを拘留 裁判が想像以上に深刻な理由

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
グライナー選手。昨年日本を破った東京オリンピック2020の決勝戦で。(写真:ロイター/アフロ)

不穏な空気が漂うロシアで、思わぬ著名人が4ヵ月もの間、拘留されている。WNBA(女子プロバスケットボールリーグ)に所属するブリトニー・グライナー(Brittney Griner、31)選手だ。

事の発端は2月17日。同選手はロシアに入国するため、モスクワのシェレメーチエヴォ空港で入国手続きを受けていた。そこで、所持品から同国では違法薬物にあたるハシシオイル(*)が見つかり、ロシア当局に拘束された。

(*ハッシュオイル、大麻オイルとも呼ばれる。英語表記:hashish oil、hash oil)

出典:CBSニュース(筆者がスクリーンショットを作成)。
出典:CBSニュース(筆者がスクリーンショットを作成)。

出典:インサイドエディション(筆者がスクリーンショットを作成)。
出典:インサイドエディション(筆者がスクリーンショットを作成)。

拘留は、この4ヵ月で4回延長され、少なくとも今年12月までとなっている。しかし判決次第では、懲役10年の刑に服することになるかもしれないのだ。その初公判がモスクワ市郊外の裁判所で、7月1日から始まる。

この間アメリカに残っている妻は、ブリトニー氏とまったく連絡が取れない状態という。2019年に結婚したシェレル・グライナーさんは、拘留以降、電話連絡の手続きさえできない状態だとし、ロシアの米国大使館に助けを求めている。アメリカの国務省は「不当な拘束」として、ロシアに釈放を要求しているが、両国関係はウクライナ情勢を巡り緊張しており、ロシア側に解放する動きは見られない。

27日に行われた予備審問では、手錠をかけられまるで重罪人のような扱いを受け、見せつけられている同選手のショッキングな写真も公開された。

ブリトニー・グライナー選手とは? 

(*日本語記事ではブリトニー・グリナーとも表記されている)

グライナーさんはWNBAのスター選手で、女子バスケチームのアメリカ代表だ。米女子バスケはオリンピックで通算9個の金メダルを獲得し、東京オリンピック2020の決勝戦でも、日本代表を破り見事金メダルを獲得、7連覇を達成した。

同選手は、そんな強豪チームを金メダルに導いた立役者の1人だ。6フィート9インチ(約206センチ)の高長身を武器にした豪快なプレーが特徴だ。東京五輪の日本チームとの決勝戦などで、記憶に残っている人も多いのではないだろうか。

インスタグラムでは、2019年に同性婚をした妻シェレルさんとの仲睦まじい様子が公開されていた。しかし今年2月5日で更新が止まっている。

なぜロシアへ?

「なぜわざわざロシアへ入国?」と疑問が湧くかもしれないが、彼女は2015年以降、WNBAのオフシーズン中にロシアンプレミアリーグでプレーしていた。これまで何度もロシアに入国し、同国の事情を知っていたはずなのに、このタイミングで逮捕、拘留となってしまった。2月17日といえば、ロシアによるウクライナ侵攻が始まるちょうど1週間前のことで、今とは状況が異なる。侵攻が開始するとロシア国内で活動していたアメリカ人選手は国外退避したが、タイミング悪くグライナー選手だけが、ロシアに足止めされることとなった。

ハシシオイルとは?

同選手が所持していたハシシオイルとは、濃縮されたカンナビス(キャナビス、大麻草、Cannabis)の抽出オイル。大麻植物に由来し、THCの含有率は最大90%。陶酔感を引き起こし、痛みや炎症を和らげるのに役立つという点で、マリファナとほぼ同じものとして使用されているようだ。ロシアでハシシオイルの所持や使用は違法ということのようだ。

「見せしめ裁判」と専門家

ABCの朝のニュース番組『Good Morning America』に出演した法律アナリスト(法的な分析を得意とする専門家)は、手錠をかけられた同選手の予備審問での映像を観て「まるで危険な凶悪犯罪者のような扱い」と、疑問を投げかけた。

「これは正当な裁判ではない。見せしめ裁判(見世物裁判とも呼ばれる。英語表記:Show Trial)である」と分析。

見せしめ裁判は、報復としてのプロパガンダとして執り行われる。ロシアで見せしめ裁判と言えば、モスクワ裁判を想起させる。1936年から38年にかけてソビエト連邦政府が当時の最高指導者ヨシフ・スターリンの扇動で国外に広く公開した司法裁判。スターリンによる大粛清を国際的に正当化する意味を持った。

つい今月も、ウクライナ東部の親ロ派、ドネツク人民共和国の最高裁判所が、戦闘中に捕虜になったウクライナの外国人義勇兵(イギリス人2名、モロッコ人1名)に、死刑判決を言い渡している。これも見せしめ裁判だ。

法律アナリストは番組で、グライナー選手について「アメリカのスターであり、オリンピックヒーローです。そんな彼女がカンナビスオイル所有でまるで殺人犯のような扱いを受け、懲役10年の刑が下される可能性もある。ポリティカルプリゾナー(政治的に投獄される受刑者)として見せつけられているのです」と説明。今後は(まるで捕虜のように)第三国で服役中のロシア人受刑者との交換や、人質としてアメリカに圧力をかける道具に利用される可能性もあると示唆した。

米メディアよると、ロシアの刑事裁判で被告が無罪になるのは1%未満という。またアメリカとは異なり、ロシアでは無罪判決になっても覆される可能性がある。

グライナー選手の裁判は複雑でより深刻になっていきそうだ。アメリカ政府はロシアとどのようなトレードをしていくのか、慎重に交渉していくことが求められている。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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