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コロナ禍のNY 救済活動で浮き彫りになった貧困と食料問題(思いが込められたランチはおいしかった)

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
配給ランチの一部。(c) Mark Morris Dance Center

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミックにより、アメリカの先月の失業者数は約2050万人にも上った。経済活動が一部の地域で再開しているが、被害がもっとも甚大なニューヨーク市はまだ再開の見通しが立てられていない。職を失った人々は、家賃やその日食べるものにも困る状態が続いている。

そもそもアメリカでは、低所得者のための公的扶助として、通称フードスタンプと呼ばれる食費補助対策の栄養補助プログラム(Supplemental Nutrition Assistance Program=SNAP)がある。これはスーパーで使える金券のようなものだ。しかしコロナ禍となり、さらに多くの人々が生活面で困窮している状態だ。

5月21日付けのニューヨークタイムズ紙によると、パンデミックにより約200万人の市民が食料不足に陥り、配給を必要とする市民の数は4人に1人と、深刻なアメリカの貧困問題が浮き彫りになっている。

公立学校や教会など市内のどこかでほぼ毎日、食料の配給や炊き出しが行われている。

市では需要が高まる食料不足に対応するため、日々の食料配給を今週までに150万個に増やすことを発表した。市が運営するGet Food NYCでは、市内の配給場所とスケジュールが紹介されている。星の数ほど無料配給所があるのが一目瞭然だ。

毎日どこかで無料の食料が配給されている。出典:Get Food NYCのウェブサイト
毎日どこかで無料の食料が配給されている。出典:Get Food NYCのウェブサイト

市内にはさまざまな食料配給団体があるが、その中でもっともメジャーなのはFood Bank(フードバンク)の活動だ。フードバンクは1983年に設立されて以来、貧困層の人々の飢餓問題に取り組んできた。ウェブサイトによると、フードバンクが食料配給しているのは、年間約5800万食にもなるという。

フードバンクが行なっているのは、主にパントリー(食料配給)とスープキッチン(炊き出し)だ。いずれもホームレスの人々によく利用されてきたものだが、コロナ禍となり収入がなくなり、家計が苦しくなった家庭が増えたため、一見ホームレスのように見えない人々が列を成している。

この食料配給の恩恵は「誰でも」受けられる。収入が減ったことや市民である証明などは一切不要だ。冬場であれば氷点下の中このような行列に並ぶのも一苦労だが、この日は気候も良かったため、数時間待ちの大行列となった。

Food Bankの食料配給を受けるための列に並ぶ人々。(c) Kasumi Abe
Food Bankの食料配給を受けるための列に並ぶ人々。(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe

クオモ知事の発表によると、4月の食料配給需要は前の月より倍増し、州北部では最大60%も増加しているという。コロナ禍になり人々の生活が苦しくなり、どこの配給所も人々が殺到している状態だ。

配給品。缶詰から生野菜までさまざまな食料が入っていた。(c) Kasumi Abe
配給品。缶詰から生野菜までさまざまな食料が入っていた。(c) Kasumi Abe
子連れの母親も多い。(c) Kasumi Abe
子連れの母親も多い。(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe

無料なら何でも良しの時代は過ぎた

近年は、食料配給の価値観にも変化が見られている。

以前は配給をする方もされる方も、ジャンクフードと呼ばれるような「空腹を満たすものであれば何でもありがたい」という考えがあった時代もあるが、近年は「栄養価が高く新鮮な食料」に重きを置く傾向がある。もちろん配給品には、缶詰やパッケージフード(袋詰め、箱詰め商品)なども含まれているが、加えて季節の生野菜や新鮮な乳製品なども含まれる。

これを可能にしている一つの施策は、州がイニシアチブを取り農家と食料配給団体をマッチングさせている活動だ。パンデミック以降、州北部に多数ある農場では、食料品、特に日持ちしない乳製品が売れずに多数廃棄される問題が起こった。そこで州が食料を買い取り、フードバンクを通して2万世帯に提供すると発表した。

報道では、州が食料品を各フードバンクに備蓄するための緊急資金は、2500万ドル(約27億円)にもなるという。しかしこれだけではまだ資金が足りないため、州では寄付を引き続き募っている。

多様性とさまざまな問題

多民族でさまざまな価値観を持つ人々が暮らすニューヨークでは、配給される食料品にもベジタリアンフード、ハラルフード、コーシャーフードなど、さまざまなタイプのものがあるが、需要に対して数が足りていない状態だ。例えば市の発表では、毎日提供する50万食のうちコーシャーフードは3万1000以上だと言う。また先述のフードバンクが市内で配給しているコーシャーフードは年間400万以上。しかし現状ではそれでも足りておらず、人々からは不満の声も上っている。

無料食で人々に元気を取り戻す活動

また食料配給は、貧困層の人々のためだけに行われている訳ではない。

長いロックダウンのため、失業したり外出自粛という苦痛を強いられている人々に少しでも元気を取り戻したいと考え、活動する人々や団体もある。

ブルックリンのダンススクール、Mark Morris Dance Group(マークモリス・ダンスグループ)もそうだ。この学校は現在休校中だが、ダンサーやアーティストから近所の住民のために、無料ランチを用意し配っている。World Central Kitchen(ワールド・セントラル・キッチン)と提携し、配給している数は平日のランチ200食。

ワールド・セントラル・キッチンはコロナ禍となって以来、#ChefsForAmericaという活動を立ち上げた。失業したシェフやドライバーらが少しでも収入が得られるように、彼らが活動できる機会をこのように与えて支援活動をしているのだ。毎日平均25万食を届け、5月23日の時点で配給した食料は970万食以上にも上る。

休校中のダンススクールが行っているランチ配給に並ぶ人々。(c) Kasumi Abe
休校中のダンススクールが行っているランチ配給に並ぶ人々。(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe

筆者は4月、たまたまランチ終了時間に近くを歩いていたところ、スタッフに「ランチがまだならどうぞ」と声をかけられ、おこぼれをいただいた。

ボランテイアの男性がくれた紙袋には、アーティチョーク入りのパスタ料理とパプリカ、黒豆、タマネギ、カボチャの種などが混ざったランチが入っていた。アレルギー対策としてナッツ、乳製品などが使われていないビーガン料理で、どちらもこれまで食べたことのない香辛料が使われ、自分では決して再現できない味を体験することができた。

これを調理しているのはHoney Flower Foodsという会社だ。一見では分からないが、この1食の背後には実にさまざまな団体が関わっている。「共にこの危機を乗り越えよう」という人々の思いや温もりが込められていて、とてもおいしかった。

(Text and photos by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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