豪邸を丸ごと「和」にしたニューヨーカー NY中心地に茶室、その理由は【お宅訪問】

「NYの自宅を丸ごと和の空間に全改築しました」。(c) Kasumi Abe

人はここを「ニューヨークのオアシス」と呼ぶ。私が初めてその存在を知ったのは、かれこれ10年ほど前のこと。今回ご縁があって、そこを訪れた。

場所は、映画などによく登場する、マンハッタンのフラットアイアンビル近く。レンガ造りの瀟洒な建物に到着し、入り口ベルを鳴らす。ドアが開き、オールドスクールなエレベーターでペントハウス(最上階)へ。

廊下奥のドアを開けた瞬間、驚いた。外界 ── クラクションが無造作に鳴り響く都会の喧噪、がいっさい遮断されたその空間に、落ち着きある「和の佇まい」が広がっている。

3フロアの豪邸を丸ごと大改築した家主、スティーブン・グローバス(Stephen Globus)さんとは何者ぞ? 彼の自宅で話を聞いた。

マンハッタンの超高級ビル。この最上階に「和の空間」があると誰が想像できよう。(c) Kasumi Abe
マンハッタンの超高級ビル。この最上階に「和の空間」があると誰が想像できよう。(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe
エレベーターを降りて、奥へと進む。(c) Kasumi Abe
エレベーターを降りて、奥へと進む。(c) Kasumi Abe

(以下スティーブンさんのインタビュー内容)

3フロアの自宅が丸ごと和の空間に 

Globus Washitsu

まずこの階(ペントハウス)は、2間の茶室に縁側、日本庭園、和風の台所や風呂場があり、階段を上がった最上階にもギャラリースペースを兼ねた和室2間、屋外ルーフトップがあります。丸ごと和の空間に改築したのは2012年のこと。2フロア全体をGlobus Washitsu(グローバス和室)と名付け、茶室の庵号をマンハッタンのオアシスという意のKeisuian(憩翠庵)としました。

もちろん自分が住む家として改築したのですが、今では日本から来たアーティストが展示やパフォーマンスを行う場、そしてニューヨーカーにとって本物の日本文化に触れ合える機会の場としても使ってもらっています。例えば、ティーマスター(茶道家)による茶会や、画家によるペインティング・パフォーマンスなど、才能あるアーティストが自分たちの芸術を発表する場になっています。

入り口にある手水舎。水の流れる音が常に室内に心地よく響く。この奥が茶室と室内庭園。(c) Kasumi Abe
入り口にある手水舎。水の流れる音が常に室内に心地よく響く。この奥が茶室と室内庭園。(c) Kasumi Abe

Globus Ryokan

実は、下の7階も私の自宅で、そこも和室2間に床の間、水屋などを設けて丸ごと和の空間に改築しました。完成したのは2004年なので、この7階の方が先です。

こちらはGlobus Ryokan(グローバス旅館)という名のゲストハウスにし、ニューヨークを訪れたアーティストにパフォーマンスを披露してもらう代わりに、滞在スペースとして無料で提供しています。ここに寝泊まりした人は、かれこれ100人以上になります。

7階の旅館の奥の和室。(c) Kasumi Abe
7階の旅館の奥の和室。(c) Kasumi Abe

私は自分の活動を、カルチュラル・グッドウィル(文化に絡んだ親善活動)と呼んでいます。日本を訪れるときも、アーティストや茶道の家元、着物メーカーの人々に積極的に会い、文化啓蒙活動のニューヨークへの招聘をしています。

なぜ日本なのか?

我が家を訪れた人は、だいたいこのように聞いてきます。「なぜこのようにしたの?」「どうして日本?」ってね。

私の仕事の話から説明しますね。仕事は主に2つあって、兄弟で撮影スタジオを共同経営しているのと、ほかにはベンチャー・キャピタリストという顔も持っています。

ベンチャー・キャピタリストとして私はPlasmaCoという会社を興し、松下電器産業(現パナソニック)と、フラットパネル・スクリーンの開発に携わりました。今から24年前、1996年のことです。それで、縁も所縁もなかった日本を初めて訪れることになりました。

私はここで生まれ育った生粋のニューヨーカーです。それまでヨーロッパに行くことはよくあっても、日本はおろかアジアについての知識はありませんでした。

大阪の空港に降り立つと、私の目の前にはそれまでの人生で見たことがない世界が広がっていました。想像できますか? 西洋文化しか知らないニューヨーカーが、初めて見た「別世界」を。

特に、仕事の関係者に連れて行ってもらった、京都・龍安寺の冬景色は、今でも脳裏に焼き付いています。それは15世紀の日本そのもので、美しい庭園には雪が舞っていて、私は思わず息を呑みました。しかもその後、仕事の件で、携帯でニューヨークまで国際電話をかけなければならず、歴史とテクノロジーのコントラディクションも興味深い思い出です!

襖、床の間、縁側、すべてがニューヨーク産。唯一畳だけは作れず輸入した。(c) Kasumi Abe
襖、床の間、縁側、すべてがニューヨーク産。唯一畳だけは作れず輸入した。(c) Kasumi Abe

とにかくそんなわけで、3ヵ月ごとに東京&大阪とニューヨークを行き来する生活が始まったんです。日本に行くたびに、新たな発見がありました。この「新世界」にはまったく違う物の見方、考え方が存在していました。人も言葉も食べ物も、何から何まですべてが違う。自分にとっては完全に「新ルネサンス」ともいえる体験で、すっかりのめり込みました。

特にハマったのが、文化と芸術面です。日本の文化はとても深く、知れば知るほど自分の知識が微々たるものであることを思い知らされます。そして一度ハマると、もっと知りたい欲求に駆られます。そんな深みとパワーが日本文化には秘められていますね。

畳の間が恋しくて...

そのうち親友ができ、彼の自宅によく泊めてもらうようになりました。東京・新宿にある伝統的な日本家屋で、とてもピースフルでメディテーションにも最高の空間でした。さすがに新婚さんの邪魔はできないので、宿泊は彼が結婚するまでですが。そしてニューヨークに戻って来ると、次第にこんな気持ちを持つようになりました。「あぁ、畳の間が恋しい!」

ニューヨークでも畳の間を作れないか探してみたところ、宮障子(ミヤショウジ)という日本人経営の和専門インテリア&施工会社がマンハッタンにあり、すぐに依頼しました。と言っても、最初から3フロアを丸ごとリノベーションしたわけではなく、少しずつ。まず着手したのが7階です。

コンセプトにしても初めから旅館にしようと思っていたわけではなく、ただ自分のために和室を作りたかったのです。そうしたら噂が瞬く間に広がっていき、「茶会をできないか?」「陶器の展示会をしたい」と相談がくるように。特に茶会は、すぐさま人気を博すイベントになりました。でも7階の和室は茶会用に作ったわけではなかったから、茶道口(亭主用の出入り口)や炉(ろ)がない状態です。それで本格的な茶会を開くために、8階のペントハウスを今度は大改築することになったのです。

そうして、このような本格的な茶室の完成となりました。これも、宮障子なしでは成し得なかったでしょう。運命とも言える出会いで知り合った、ティーマスターの長野佳嗣さん(上田宗箇流)と北澤恵子さん(表千家流)に、一般向けに茶会を開いてもらっています。ここはニューヨークだから、うちはどの流派もウェルカムなのです。

長野さん(左)は現代アートを志し、昨年渡米。5年前に体験した茶会が「心に響き」家元で修行し、今に至る。「空間の室礼など総合芸術でもある茶の世界。NYでお茶というジャンルで現代アートに切り込んでいきたい」と語る。(c) Kasumi Abe
長野さん(左)は現代アートを志し、昨年渡米。5年前に体験した茶会が「心に響き」家元で修行し、今に至る。「空間の室礼など総合芸術でもある茶の世界。NYでお茶というジャンルで現代アートに切り込んでいきたい」と語る。(c) Kasumi Abe

普段はほかにも、アートパフォーマンス、着物の着付けクラス、古楽器の演奏会など、さまざまな文化交流イベントを開いています。

改築費用について知りたいって?ええっと...そうですね(記憶を辿る)、だいたい25万ドル(約2,500万円)以上はかかりましたかね。

障子とマンハッタンの景色の対比が面白い。(c) Kasumi Abe
障子とマンハッタンの景色の対比が面白い。(c) Kasumi Abe

異文化の啓蒙には苦労がつきもの

今後も私はスポンサーとして、日本文化の体験の場、継承の場を提供し続けていきたいです。

2016年には、日本人カップルの結婚式を本格的な神前スタイルで行ないました。世界のさまざまな宗教がこの街にはあるけど神社だけはないんです。そこで、福岡の宮地嶽(みやじだけ)神社の神主を招聘しました。ニューヨークの人々にとっても神道にとっても、よいイントロダクションになったんじゃないかな。

8、9階は吹き抜けになっていて、9階から見下ろした室内庭園。(c) Kasumi Abe
8、9階は吹き抜けになっていて、9階から見下ろした室内庭園。(c) Kasumi Abe

また、茶会イベントを始めてかれこれ15年が経ちますが、やっとここ数年で時代が追いついてきた感があります。今抹茶ブームで、どんなカフェでも抹茶ドリンクがあります。でもティースプーンや砂糖がセットで付いてきたりして、まるでカプチーノみたいに出されている。要はカフェで働いている人たちが、本物の抹茶の味も作り方も知らないからなんですが。

それで私はスポンサーとして京都の丸久小山園と提携し、茶道の講師を招聘し、正しい抹茶の点て方のトレーニングをカフェでしてもらったこともあります。

何でも初めのころは大変なんです。でも致し方ないことですね。寿司にしたって、今ではアメリカ人でも何人でも器用に握る時代になりましたが、初めのころは魚の切り身とライスをただ適当に掴んで出す、みたいなことがなされていました(!) 異文化が浸透していくプロセスは、たいてい苦労や努力がつきものです。

でも私たちの活動が少しでも抹茶ブームの火付け役となっているのだったら嬉しいです。また、素晴らしい日本の文化や芸術をもっと多くの人に体験してもらえるのであれば、それ以上の喜びはありません。

屋上のルーフトップで、ここがマンハッタンだと改めて気づく。(c) Globus Washitsu
屋上のルーフトップで、ここがマンハッタンだと改めて気づく。(c) Globus Washitsu

インタビュー後記

日本でもなかなかお目にかかれないような想像以上の和のお宅で驚きの連続でした。長野さんによる美味しいお抹茶をいただいたり、畳や障子に触れたりと、外国にいながら古き良き日本を満喫しました。

茶会は特に若者が多いのも印象的です。45ドルの参加費でも体験したい、そんな魅力があるのがニューヨークの茶の世界です。

海外で日本の魅力をこのような形で伝えてくださっている人々には、ただただ感謝と尊敬の念を禁じえません。

(Interview, text and photos by Kasumi Abe) 無断転載禁止