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大坂なおみ選手と重国籍問題 アメリカ国籍を選んだ「元日本人」に聞いた

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
大坂なおみ選手。日の丸を背負ってオリンピックに出場か。(写真:ロイター/アフロ)

テニスの大坂なおみ選手が東京オリンピックに向け、日本国籍を選択する手続きをしていることが報じらた。大坂選手は日本で生まれアメリカに在住する日米両国の二重国籍者だが、22歳を前に国籍選択を迫られていた。

数々の実績があり金メダル候補と言われている同選手が「日本人」として日本で行われるオリンピック出場を目指すのは、日本にとって実に誇らしく喜ばしいことだ。

一方アメリカに住む永住権保持者からは、移民政策に厳しく取り組むトランプ政権以降、アメリカ国籍を取得した方が今後良いのではないかと危惧する声もちらほら聞こえている。

アメリカ国籍を取得の場合、日本国籍保持者がここで問題になるのは日本国籍の消失だ。アメリカは重国籍を認めているが、日本は重国籍を認めていないからだ。

重国籍を認めている国は世界で60ヵ国

World Population Reviewによると、2019年の時点で、世界で重国籍を認めている国は、アメリカ、フランス、イタリア、韓国など世界60ヵ国(イラストのオレンジ色)。

出典:World Population Review
出典:World Population Review

日本では22歳までに国籍を選択

重国籍を認めていない日本の国籍法では、日本人の親のもとアメリカで誕生した人、もしくは大坂選手のように日本生まれだが20歳に達する以前に重国籍となった人は、22歳までに国籍を選択しなければならないと定められている。

国籍問題を管轄する法務省は、「期限までに選択をしない場合、日本国籍を失うことがあるので、注意が必要」と謳っている。

出典:法務省
出典:法務省

日本国籍を選択する大坂選手のような場合、法務省の説明では「日本国籍の選択宣言」後に「外国国籍を喪失していない場合は、外国国籍の離脱の努力」というグレーな説明になっている。

大坂選手が日本国籍選択に伴い、アメリカ国籍を離脱するかどうかは現時点で不明だ。

万が一アメリカ国籍を離脱するとなると、どうなるのか?

アメリカの移民法に詳しい、シンデル外国法事務弁護士事務所のデービッド・シンデル弁護士(David Sindell, Esq.)は、このように話す。

「アメリカ国籍の再取得はとても困難です。日本国籍者がアメリカに住む場合、ビザや永住権が必要になりますが、大坂選手は有名人ですので、それらの取得は問題ないでしょう」

「アメリカ在住の日本人にとって、国籍問題は常に関心の的です」と言うのは、在ニューヨーク日本国総領事館の領事部、外山諭(とやまさとし)さん。日本国総領事館には、日本国籍届け出のための来訪も多い。国籍についての問い合わせもよくあるそうだ。

そして単に重国籍と言っても、外山さんによると昭和60年1月1日以降に重国籍になった人とそれ以前になった人は、重国籍について扱いが違うという。

前者の場合で20歳になる前に重国籍になった人は22歳までに、20歳以降に重国籍になった人は重国籍になった日から2年以内に国籍を選択する必要があり、後者の場合で昭和60年1月1日時点で20歳未満の場合は22歳までに、20歳以上の場合は2年以内(昭和61年12月31日まで)に、国籍を選択する必要があると定められている。

国籍の選択やその期限について

法務省ウェブサイト

アメリカ国籍を取得した日本人

大坂選手の場合は日本国籍を選択する事例だが、一方アメリカに住む日本人の中には、アメリカ国籍を取得した人もちらほら見かける。

「なおみちゃん、日本国籍を選択しましたね」。しみじみと語るのは、日本で生まれ育ち、移住後にアメリカ国籍を取得した、フリーランス業のカオリさん(仮名)。「私をはじめ、多くの海外在住外国籍の日本人(元日本人)は、大坂選手の国籍論争がきっかけとなって、日本政府が二重国籍を認めるようになってほしいと希望を託していたのですが...」と肩を落とした。

カオリさんがアメリカ国籍を取得したのは、44歳だった2007年。夏に申請し年末には市民権を取得できたそうだ。

アメリカ国籍を選択した理由は「移住20年後の勢い」。

「1990年代前半から永住権でアメリカに住んでいて、07年は10年に1度の永住権の更新が近づいていた時期でした。いちいち更新するのが面倒だったのと、その年を境に申請料が倍になるというタイミングだったのと、20年もアメリカにいるのだからここら辺で申請しようということで、友人と一緒に申し込みました。ほぼ勢いです」

同じく日本で生まれ育ち、移住後にアメリカ国籍を取得した会社経営のケンさん(仮名)も、07年に申請し、翌年に晴れてアメリカ市民となった。

アメリカ国籍取得についてケンさんは、「最大の理由は年金」と言う。

「根拠に乏しくあくまでも個人的な意見ですが、自分が年金をもらえる年齢になった時のアメリカの財政はもっと切迫してるやろうから、外国人にも払ってくれるのか心配になりました。それならばアメリカ人になってしまえ、と」

カオリさんは、日本にいる両親が高齢のため、アメリカ国籍を取得後も年に1〜2度日本へ行き、少なくとも1ヵ月間は滞在している。「アメリカ人」として祖国に行く上で困ることと言えば「空港の入国審査で外国人用の長い列に並ぶくらい」。彼女の場合はアメリカ人としてのメリットの方が多いようだ。

「価格は正規価格の半額以下で、日本の航空会社の外国人観光客向け格安航空券を購入できます。片道だけの購入や、成田=大阪=博多=千歳といったような買い方もできるんですよ」

カオリさんに、将来やはり日本に住みたいと心変わりがあったらどうするつもりなのかを聞いてみると、「今のところそれはまだ考えていないけど、知り合いにアメリカ国籍をキープしながら日本の永住権を申請した人がいるので、自分もそうするかなぁと漠然と思っています。元日本人の場合、日本の永住権はすぐに取れるそうなので」

50代になったケンさんは、最近ふとこのように考える。

「実は、いずれ日本に帰ってもええと思っています。本当に(日本に)住みたくなったら、帰る覚悟は充分にあります。アメリカ国籍を取得した時はまったく考えへんかったけど、歳を重ねれば変わるもんですよ。高齢になって日本に帰った人を何人も知ってますが、彼らの気持ち、今は理解できます」

(Text by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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