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京アニ事件で考える職場のセキュリティ対策 NYは部外者がおいそれと入れないようになっている

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
NYのオフィスビルの入り口一例。回転ドアを入ったら受付レセプションがある。(写真:ロイター/アフロ)

34人の尊い命を奪った京都アニメーションの放火、大量殺人事件。こちらでも第一報が大きく報じられた。あまりにも大きく報じられたので、はじめはニューヨークでの事件かと思ったぐらいだった。

  • 危篤だった犠牲者がその後亡くなり、建物にいた70人のうち死者は36人、重軽傷を負った人は33人

私が今回の犯行を聞いてまず思ったのは、「犯人はどうやってビル内に入ることができたのだろう?」ということだった。と言うのも、私が住むニューヨークでは、オフィスビルの入館が(優良企業であればあるほど)厳重に管理されているからだ。

日本の各メディアの報道では、同社の八田英明社長のコメントで、放火された第1スタジオのビルのセキュリティ対策として、スタッフは普段、専用キーカードを使って出入りしていたらしいが、この日は朝からNHKの撮影が予定されていたため、セキュリティシステムを解除していたという情報もある。

これを聞いて思ったのは、普段どんなに強固なセキュリティ対策を取っていても、解除してしまえば「セキュリティなし」の状態になるということだ。

特にニューヨークのオフィスビルは、セキュリティが厳重だ。部外者がおいそれと入れないようになっている。よってたまに日本に帰ると、オフィスビルのセキュリティがとても緩く感じて戸惑うことがある。

日本の大企業はセキュリティの面でまったく問題ない。問題は中小企業のオフィスビルや、雑居ビルだ。ここでは、京都アニメーションの事件で改めて顧みた、アメリカのセキュリティ事情について紹介したい。

一般的に、アポなしでは入館できない

こちらにあるオフィスや雑居ビルは、外部の人は簡単に入れない。訪問者は事前アポイントメントが必要だ。

事前に「どこの誰が、どの目的で、誰と、何時に、そしてどのくらいの時間、面会するか」というのがやりとりされているべきで、訪問者の情報は受付に登録されている。

(注:「どのくらいの時間」はポイント。仕事がデキるニューヨーカーはだらだらとミーティングすることはなく、終わりの時間を設定する)

オフィスビルや雑居ビルの1階入り口には受付があり、ドアマン(たいてい大柄の男性)がいる。若い女性が座っていることが多い日本と、この点も違う。

訪問者は到着したら、写真付き身分証明書(ID)の提示を求められる。IDと登録情報が合致したら、顔写真を撮られ、名前入りシール(Sticker)をもらう。胸元などわかりやすいところに貼り、そこでようやく入館が認められる。(注:顔写真以降を割愛するところもある)

近年はITのおかげで、受付にあるタブレットに自分で情報を入力したり、受付のセキュリティの人がチャットでオフィスの担当者と連絡を取り合うことも多くなった。

もう一度言うが、

アポのない訪問はどんなに熱意があっても、門前払いになる。

念押しした理由は、日本からの訪問者で、これらの常識を知らない人がたまにいるからだ。

視察の目的でニューヨークを訪れ、突然「〜の企業や行政を訪問したい」「〜の広報と会いたい」と相談してくる人がいる。そこで私は「アポは取っていますか?」と確認すると、「連絡したが返信がない」はまだ良い方で、「取ってないけど、事情を説明して何とかなりませんかね?」と返ってくることも。

「PRの部署だから、会ってくれるだろう」「熱意は伝わるはず」という考えは、こちらで通用しない。その理由は、セキュリティと時間の問題だ。

こちらの人はどこの誰ともわからぬ人物においそれと会うことはしない。また時は金なりのニューヨーカーは皆、忙しい。優秀な人ほど残業をしないため、限られた就業時間内に事前に計画されたスケジュールをつめこみ、それを基に「効率的に」動く。ビジネスに直結してもしなくても、事前のアポがない人と歓談する無駄な時間は、彼らにない。

京アニのような低層の自社ビルや、店舗が入居している雑居ビルだとしても、ビル自体の入り口は施錠されていて、受付の人に(時にインターフォン越しで)誰と何時にアポがあるかを聞かれ、登録情報と照合される。万が一、先方のミスで登録されていなかったとしたら、残念。そこで詳しい説明を強いられる。

そもそもアメリカ(特にニューヨークなどの大都市)はテロを警戒していることもあり、入館セキュリティは相当厳重だ。自由の女神やエンパイアステートビルなどの観光名所は、911同時多発テロ以降、ベルトなどを外してX線検査を通過するなど空港並みの警備体制が敷かれている。図書館や博物館でさえも手荷物検査があり、それを通過せねばならない。(注:アジア系はサっと見られて終わることが多いが)

もう一つ。オフィスビルでは、定期的なファイアードリル(防災訓練)が義務付けられている。定期的に実施日時が決められ、オフィスビルで働く全員が一箇所に集まり、火災の際の行動について指示される。「万が一」の際の心の準備に役立つ。

もちろんこちらのオフィスビルとて、抜け道を探そうと思えばいくらでもある。100%セキュリティを確保しているところばかりでもないし、罪を本気で犯そうと思ったらいかようにもできるかもしれない。また、もし京都アニメーションのセキュリティが解除されていなかったら、もしくは犯人がウソをついて事前に訪問アポを取っていたら...と考えることもできるが、それらはタラレバの話になるので、無意味な議論は控えたい。

以上、物理的セキュリティに厳格なアメリカの一例を紹介した。なかなか実施、徹底するのが難しい場合もあるかもしれないが、少なくとも中小企業の経営者や雑居ビルの管理会社が、オフィスやビルのセキュリティについて再考するきっかけになれば幸いだ。

(Text by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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