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「ブエナビスタ」公開20年で再注目のキューバ その光と闇をアメリカ人有識者はどう見る?

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
いかだに乗ってグアテマラ国内を移動中のキューバ人難民(2019年5月12日撮影)(写真:ロイター/アフロ)

今年はキューバ関連のニュースが騒がしい。

革命60周年、日本とキューバ外交樹立90周年、首都ハバナ市誕生500周年など、めでたいエポックが続く。

エンタメ界でも、同国の音楽文化をテーマにした名作『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999年)が世界初公開から6月4日で20年を迎え、映画ファンからも再注目されている。

シガーをおいしそうにふかす「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のバンドメンバー、コンパイ・セグンド。彼をはじめ出演者の何人かはすでに他界しているが、同作品は今でも色褪せることのない不朽の名作だ。(2000年2月28日撮影)写真:ロイター/アフロ
シガーをおいしそうにふかす「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のバンドメンバー、コンパイ・セグンド。彼をはじめ出演者の何人かはすでに他界しているが、同作品は今でも色褪せることのない不朽の名作だ。(2000年2月28日撮影)写真:ロイター/アフロ

これらの豊かな芸術やエンタメがいわば「光」の部分だとしたら、「闇」の部分は経済と政治面であろう。

キューバは今、苦境に立たされている。

さまざまな国に医師を派遣し最大の外貨収入を上げているが、もっとも多い派遣先のブラジルが「キューバ政府が報酬を搾取している」と問題視し、キューバ政府はこれに反発。昨年11月に派遣を中止した。

「キューバ革命60周年記念式典」でスピーチをする、ラウル・カストロ中央委員会第一書記。サンティアゴ・デ・クーバ市にて。(2019年1月1日撮影)代表撮影/ロイター/アフロ
「キューバ革命60周年記念式典」でスピーチをする、ラウル・カストロ中央委員会第一書記。サンティアゴ・デ・クーバ市にて。(2019年1月1日撮影)代表撮影/ロイター/アフロ

今年に入り、アメリカからの制裁がさらに強まっている。キューバ革命後に接収された米系企業や個人の資産を賠償請求できるようにしたほか、キューバへの送金の上限規制や渡航規制のさらなる強化が発表されていた。

マメ知識

  • 1920年ごろ、アメリカ人はハバナを「カリブ海のモンテカルロ」と持て囃し私腹を肥やしたが、革命によりキューバ政府は企業や個人が所有していた土地や資産を接収し国有化した。
ハバナ市内から車で20〜30分でこんなにも美しいビーチが広がる。豊かな自然もこの国の魅力。(c) Kasumi Abe
ハバナ市内から車で20〜30分でこんなにも美しいビーチが広がる。豊かな自然もこの国の魅力。(c) Kasumi Abe

また、アメリカ政府により6月4日、アメリカからキューバへの渡航について新たな発表があった。

(1)「教育活動または団体での人的交流」目的の渡航を禁止

  • 注:「12項目の理由」(家族の面会、取材活動、人道支援など)に該当する場合に限って、アメリカからの渡航を許可してきた

(2)民間航空機、プライベート機、クルーズ船、ヨットでの渡航を禁止

今回の制裁は、キューバ国内の観光産業にさらなる打撃を与える狙いがある。

その理由についてアメリカ政府は、「キューバ政府は政権の意向に反する活動家を抑圧し投獄を繰り返し、またベネズエラのマドゥロ政権を支援している。キューバ国民のために安定かつ繁栄をもたらす国になるよう求める」と発表した。

ベネズエラの首都カラカスで行われた政府支援のための集会で講演をする、ニコラス・マドゥロ大統領。キューバとの政治的癒着がアメリカから問題視されている。(2019年5月20日撮影)写真:ロイター/アフロ
ベネズエラの首都カラカスで行われた政府支援のための集会で講演をする、ニコラス・マドゥロ大統領。キューバとの政治的癒着がアメリカから問題視されている。(2019年5月20日撮影)写真:ロイター/アフロ

アメリカから近くてもっとも遠い国

有識者はどう見る?

アメリカ側から見たキューバはどうなのだろうか。キューバ事情に詳しい有識者2人に話を聞いた。

ニューヨーク大学大学院で歴史学ラテンアメリカ史博士号課程のサラ・コサメさんは、「2国間の国交が断絶した最大の理由である農地改革に興味が湧いたのが、革命時代の歴史を研究し始めたきっかけ」という。

サラさんによると、土地の国有化政策で何が起こったかを理解することが、キューバ革命の本質を理解する鍵となるそうだ。

ブルックリンの非営利団体、キューバ研究センター(Center for Cuban Studies)の事務局長、サンドラ・レヴィンソンさんも、同国への関心が湧いた理由をこのように話す。

キューバ研究センターのサンドラさん。「アイオワ州の学生時代、クラスで唯一のユダヤ系で疎外感を感じていた」という彼女。「小国の孤独な戦い」に思いを寄せる。
キューバ研究センターのサンドラさん。「アイオワ州の学生時代、クラスで唯一のユダヤ系で疎外感を感じていた」という彼女。「小国の孤独な戦い」に思いを寄せる。

「学生時代から政治に関心を持つようになり、医療や教育の無償制度を成し遂げた国をこの目で見たいと思った。(国交断絶で行けず)やっと渡航できたのは69年のことです」

1ヵ月以上に及ぶ滞在中、国内をまわり人々に触れ「キューバに恋をした」と振り返る。今では別宅を所有し、年に数回訪れては「親友」らと交流を重ねる。

「キューバは音楽やダンスなどすばらしい文化を持つ、尊敬に値する国。小国が大国相手に孤独な戦いをしていることも」

参照:キューバの音楽やダンス映像(筆者撮影)

◆今も難民は後を絶たない

── 中米諸国からアメリカを目指す移民キャラバンがたびたび問題になりますが、キューバからの移民事情はいかがでしょうか。

サラさん:キューバからも多くの人々がアメリカにやって来ます。革命後、何万人もの裕福な人々がマイアミに移民しました。80年代は13万人もの大量難民がボートでやって来ました。90年代以降もラフト(いかだ)でアメリカに亡命を試みる人の数は後を絶ちません。

── 国を離れる理由は何でしょうか。行ってみて治安の良さを実感したので、ほかの中米諸国のような治安の悪化が理由ではなさそうですが。

サラさん:キューバは西半球でもっとも治安の良い国の一つなので、治安は問題ではありません。60年代に裕福なキューバ人が国を去ったのは、土地などの資産や事業を国有化した革命政権(カストロ新政権)への反発からでした。80年代は貧困、物資不足、政治体制への不満から、それ以降は経済的な理由がほとんどです。

── 近年、まだ多くのキューバ人がボートで海を渡っているのですか。

サラさん:正確な人数はわかりませんが、今でもカリブ海上で、ラフトに乗った人々の救助活動について聞くことがあります。2010年以降、飛行機で国を離れるのが容易になりました。エクアドルやメキシコなどの第3国へ飛び、そこからアメリカとの国境を目指すこともあります。

自家製のラフト(いかだ)でアメリカへ向かうキューバ人難民。キーウェストまで72キロメートルの地点で、飲み水の枯渇を訴えている。(1994年8月21日撮影)写真:ロイター/アフロ
自家製のラフト(いかだ)でアメリカへ向かうキューバ人難民。キーウェストまで72キロメートルの地点で、飲み水の枯渇を訴えている。(1994年8月21日撮影)写真:ロイター/アフロ

サンドラさん:メキシコ経由でアメリカに入国するケースは少ないですが、2015年、コスタリカにいた3,000人のキューバ人難民が北上しようとした際、ニカラグアが通過を拒否したケースもありました。

◆アメリカがキューバ難民を手厚く保護するワケ

── アメリカに到着しても入国に必要なビザを持っていないですよね。どのような手続きがなされるのですか。

サンドラさん:アメリカ政府は合法的に、キューバ難民を優遇してきました。革命直後に命からがら海を渡って来たキューバ人を「共産主義からの脱出者」として手厚く保護したのです。永住権を短期間で発給し、フロリダ州では財政面、医療面、仕事の斡旋で援助しています。

66年、アメリカ国境に到着したキューバ人難民を自動的に受け入れる「キューバン・アジャストメント・アクト法」が施行され、亡命者が急増しました。

サラさん:米移民政策により、キューバ人移民を歓迎したのは、66年〜2017年です。不法移民として拘束し、強制送還させる中米諸国の人々とは、扱い方が大きく異なります。

その理由は、アメリカが移民政策を武器として、政治的に利用したことにあります。「ブレイン・ドレイン」(頭脳の流出=医者などの知識人が国を去ることによる社会主義の弱体化)を試みたのです。

◆社会主義体制はこれからも続く?

── 今年4月に憲法が改正され「共産主義」の文字が削除されました。社会主義体制はこれからも続いていくのでしょうか。

サンドラさん:正義のために戦い社会主義をもたらしたキューバ革命は変わるべきものをきちんと変え、当時の完全なる平等と自由を、そして団結と独立をもたらしました。

憲法の中で「キューバが資本主義に戻ることは決してなく、社会主義と共産主義においてのみ人は完全なる尊厳に達する」と謳われてきた通り、土台には愛国心、社会主義思想があり、社会主義体制は今後も続いていきます。

ハバナ市の革命博物館。革命で失脚したバティスタ政権時代まで大統領官邸として使われていた。銃撃の痕など生々しい革命の足跡が残されている。(c) Kasumi Abe
ハバナ市の革命博物館。革命で失脚したバティスタ政権時代まで大統領官邸として使われていた。銃撃の痕など生々しい革命の足跡が残されている。(c) Kasumi Abe
革命家、チェ・ゲバラの第1邸宅。彼はここで何を思いながら仕事をしていたのだろう?(c) Kasumi Abe
革命家、チェ・ゲバラの第1邸宅。彼はここで何を思いながら仕事をしていたのだろう?(c) Kasumi Abe

サラさん:共産主義社会を築くという目標が憲法からなくなった替わりに、より社会主義にフォーカスしていきます。とは言え、国を指導するのは依然として共産党なので、大きな変化はありません。

もしキューバ中の人々に話を聞くことがあるならば、大半はこのように言うでしょう。「社会保障制度など革命でもたらされた利益は、今後も持続すべきだ」と。

国内ではさまざまな政治イデオロギーが存在しますが、一般的な見解としては、経済自由化拡大によって格差社会になることを危惧し、資本主義への回帰を望んでいません。社会主義体制がうまく機能し、困難が減り、繁栄していくのを見たいだけなのです。ですので、新憲法は依然として多くの人々が目指すものと一致しています。

ハバナを外敵から守り続けてきたカバーニャ要塞。150年続く大砲の儀式をひと目見ようと、毎夜観光客が集まる。(c) Kasumi Abe
ハバナを外敵から守り続けてきたカバーニャ要塞。150年続く大砲の儀式をひと目見ようと、毎夜観光客が集まる。(c) Kasumi Abe
政権幹部が見守るメーデーパレード。「キューバは、アメリカの優位性に対して屈しない姿勢を貫いている一つの国として、中南米諸国から尊敬と称賛の念を向けられ見守られている。革命から60年の今、この国を理解する価値は充分にある」とサラさん。(c) Kasumi Abe
政権幹部が見守るメーデーパレード。「キューバは、アメリカの優位性に対して屈しない姿勢を貫いている一つの国として、中南米諸国から尊敬と称賛の念を向けられ見守られている。革命から60年の今、この国を理解する価値は充分にある」とサラさん。(c) Kasumi Abe

── しかしながら、経済的困窮と物資不足は深刻ですね。

サラさん:アメリカの対キューバ禁輸措置と、キューバ自体の経済政策のやり方が物資不足の起因となりました。牛乳、歯磨き粉、トイレットペーパーなどが品薄になりがちです。

しかし政府が医療や教育を無償化し、最低限の生活を保障しているので、人々に「卵や小麦粉をどこで手に入れられるか」という心配があっても、医療費や教育費の捻出について、または家から追い出されるのではないかという類の心配はないのです。

配給品であろう食料を両手に抱える女性。その足取りはおぼつかなかった。(c) Kasumi Abe
配給品であろう食料を両手に抱える女性。その足取りはおぼつかなかった。(c) Kasumi Abe

◆陽気な性格はどこから?

── そんな中でも、陽気な人々が多いことに救われました。性格や国民性には何が影響しているのでしょうか。 

サンドラさん:キューバ人が他国民と違うのは、歴史が関連しています。(入植者の)スペイン人やイギリス人、(奴隷として連れて来られた)アフリカ系、(移民で来た少数の)アジア系らが混ざり合い、独特の国民性が形成されました。

「最低限の生活」が保障されていて、餓死者やストリートチルドレン、大量の路上生活者を見かけないキューバ。これが彼らの求めた理想郷だったかについては議論が分かれるところ。(c) Kasumi Abe
「最低限の生活」が保障されていて、餓死者やストリートチルドレン、大量の路上生活者を見かけないキューバ。これが彼らの求めた理想郷だったかについては議論が分かれるところ。(c) Kasumi Abe

人々は外向的で、困難な状況でもすばらしいユーモアのセンスで乗り越えようとします。特に若い世代は教育のおかげで頭が良く物知りで、ネット時代になる前から常に世界情勢を追ってきました。エンタープライジング(新しいことや困難に果敢に挑む冒険心)もあります。だからこそ、ソ連が崩壊した90年代の困難な時期を乗り越えられたのです。

サラさん:彼らは非常に繋がりを重視する社会で育てられ、心がとても寛大です。革命による収穫を誇り、観光客と積極的にコミュニケートすることで自分たちの世界を見せたり、愛国心を共有したり、政治的世界観を話したりするのが好きな人たちです。

物資不足ですが、彼らの思考はとてもポジティブです。そして忘れてはいけないのは、彼らを形成しているベースには素晴らしい音楽文化があるということです!

サンドラさん:キューバ人はキューバをとても愛しています。彼らが国を去るのは貧しいから。理由はただそれだけです。

写真:ロイター/アフロ
写真:ロイター/アフロ
写真:ロイター/アフロ
写真:ロイター/アフロ
(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe

(Text and some photos by Kasumi Abe) 無断転載禁止

【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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