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イチロー選手の引退会見で米在住者が思ったこと。「おめでとう」アメリカでは・・・

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
メジャーリーグ開幕シリーズ第2戦後に行った引退会見。(写真:ロイター/アフロ)

シアトル・マリナーズのイチロー選手が引退会見を行っていたので、私もネット配信で観ていた。彼の気さくな人柄が表れる会見で、一言一句きちんと考えて言葉を選んでいる真摯な様子が伝わってきた。

そのあとメディアやSNSでは、「『引退おめでとうございます』は失礼ではないか」といった意見や、「間違ったこと言ってます?」「聞いてます?」という(通常はあまり聞かない)記者への問いかけについても話題になっているようだ。

普段アメリカでインタビューする立場として、経験談も交え、思ったことをお伝えしたい。

「引退おめでとうございます」は失礼か?

この「引退おめでとうございます」については、実は私も記者会見を観ていたときに、少しひっかかった言葉だった。日本語だったからなおさらそう感じたというのもある。

イチロー選手にとって失礼な言葉とは決して思わなかった。ただ、少し言葉足らずのような気がした。おそらく「引退」ではなく「新しい人生のスタート」に対しておめでとうございますと言えばしっくりきただろう。そして「お疲れ様でした」ではなく「おめでとうございます」と言った記者は、なかなかアメリカ的なマインドを持っていると思った。

実際に、引退する選手に「おめでとう」という言葉をかけるのは、メジャーリーグ界ではよくある。例えばマリナーズの打撃アドバイザー、エドガー・マルティネス(Edgar Martinez)氏も自身のツイッターでイチロー選手に対して「おめでとう」という言葉を贈っている。

「すばらしいキャリアを積んだイチロー、おめでとう。彼のチームメイトとしていられたこと、また彼の献身、プロ意識、そして修行(日々のがんばり)を目の当たりにすることができたことは光栄です。さぁ、次はHOF (野球の殿堂入り*)だね!

(* アメリカのスポーツ界などで、歴史に残る功労者を顕彰するための殿堂)

そしてこのシチュエーションでの「おめでとう」は、私にとってメジャーリーグのみならず、とてもポジティブな、アメリカ的な表現だと思う。アメリカ人はこの手の「おめでとう」を普段の生活でもよく使う。

一つ身近にあったエピソードを交えて説明すると、以前、アメリカ人と日本人の友人3人で食事をしていたときのこと。日本人の友人がボーイフレンドとうまくいっていなくて、まだ好きだけど別れたという話をしたときに、アメリカ人の友人から出てきた一言目の言葉が「おめでとう!」だった。それも、ものすごく元気に。

私たち日本人が目を合わせて「どういう意味?」と聞き返すと、「うまくいっていない人とずっと一緒にいても進歩がないのだから、そんな人と別れたということは、新しい人生を踏み出すチャンスで、おめでたいではないか」というのがアメリカ人の言い分だった。

日本人なら同情するシーンだ。日本人にはない発想を一発目から投げかけてきたのはとても興味深く、「確かに」と妙に納得したのだった。

もちろん、今回のイチロー選手の現役引退と友人の別れ話ではまったくレベルが違うけれども、進歩のない場所に停滞せず、新しいページをめくって一歩を踏み出すことは良いこと、めでたいことという大きな視点を持っていると、アメリカ的発想において「おめでとう」は決して間違っていない。

引退した日、チームメイトに囲まれてのアメリカメディアの取材。やはり「おめでとう」で締めくくられています。

「間違ったこと言ってます?」「聞いてます?」という言葉がなぜ出たのか?

もう一つ記者会見中に、イチロー選手の言葉で印象的だったのは、記者への「間違ったこと言ってます?」「おかしなこと言ってます?」「聞いてらっしゃいます?」という投げかけだった。

私は記者会見の場にいたわけではないので100%確信できることではないが、あれは場の雰囲気を和ませる意図などではなく、(おそらく)記者の反応が薄くて、自分の意図がうまく伝わっているのか、イチロー選手は不安に思ったからではないだろうか。

例えばアメリカでは、インタビューだろうと普段の会話だろうと、相手の目をしっかり見つめて、表情を豊かに(驚き、喜び、怒り、悲しみは、時にオーバーに)リアクションして、会話のキャッチボールを楽しむ。

イチロー選手は18年近くもアメリカで生活しているのだから、日本に一時帰国すれば逆カルチャーショックも受けるはず。(アメリカでは普通の)リアクションがなかったら「あれ?」となるのは当然だろう。

「間違ったこと言ってます?」「おかしなこと言ってます?」と言われた記者はリアクションの表情が乏しかったのかもしれないし、「聞いてらっしゃいます?」と言われた記者はおそらく下を向いてメモ(もしくはタイプ)していて、質問に答えているイチロー選手をしっかり見ていなかったのではと察する。

記者会見で気になったのは大きく以上だが、私にとっては、清々しく後味の良い、すばらしい引退会見だった。明るく登場し、深夜にもかかわらずすごい数のメディアに驚き、後悔なしと言い切り、いつ解雇されるともしれない長年のプレッシャーから解放され、吹っ切れた様子が伝わってきた。

ICHIROはアメリカで誰もが知る日本人、偉大すぎる選手だった。レジェンドとして、日本人初の野球の殿堂入りも時間の問題であろう。

私もイチロー選手に、心から敬意を持ってこのようにお伝えしたい。

「お疲れ様でした。そして新しい門出おめでとうございます。人生の新しい章、これからも続いていく冒険が楽しみですね」

(All text by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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