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知的財産を侵害する模倣品によって被害を受けるのは? vol.1

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Meiji.net

知的財産を侵害する模倣品によって被害を受けるのは? vol.1 熊谷 健一(明治大学 グローバル・ビジネス研究科教授) 近年、海賊版をはじめとする知的財産問題が大きく取り上げられ、様々な政策が実行され、法律改正も行われました。いわゆる知的財産戦略の策定です。最近のアメリカと中国の貿易摩擦問題も、根底にあるのは知的財産の保護であるように、知的財産の保護は日本だけでなく、世界各国の重要な問題になってきているのです。 ◇知的財産の保護は、ただ権利者だけではなく、需要者や経済にも関わる問題 知的財産とはなにかというと、人が創り出した知的創作物、ブランドのような商品表示を指します。   具体的には、クリエイティブな表現を保護する「著作権」、他の商品と区別する営業上の標識を保護する「商標権」、物品のデザインの創作を保護する「意匠権」、新たな技術的な工夫を保護する「特許権」、「ノウハウ」など、知的財産は多岐にわたります。   こうした知的財産を保護するという概念は、実は、古くからあります。   紀元前には、すでに、他人の技術を盗んではいけない、奴隷が元の雇い主から得たことを新たな雇い主の元で使ってはいけないという考え方がありました。つまり、ノウハウの保護の概念があったのです。   知的財産に関する近代的な法律の整備がなされるのは、産業革命からです。様々な工業製品が大量に生産されるようになると、特許権や商標権が重視され、機能し始めるのです。   日本では、1884年(明治17年)に「商標条例」、1885年に「専売特許条例」、1888年に「意匠条例」が公布されます。それは、大日本帝国憲法が発布される(1889年)よりも前のことです。   なぜ、憲法よりも早く、知的財産権を守る条例が制定されたのかと言えば、近代国家を目指した明治政府が殖産興業をそのひとつの柱としたからだとされています。   西欧から近代産業技術を導入し、国内産業を興して育成するには、産業技術を知的財産として、保護する制度が必要であることを理解したのです。   また、幕末に欧米各国と結んだ、いわゆる不平等条約を改正するには、日本が知的財産という概念を理解し、保護する国であることを示す必要もあったとされています。   1899年には、知的財産権のうち、特許、商標等を保護する国際条約であるパリ条約と著作権を保護するベルヌ条約に加盟します。19世紀に、国際条約に加盟したアジアの国は、日本だけでした。   戦後の高度経済成長期には、日本の企業は、研究開発の成果を積極的に知的財産として保護し、それを活用してビジネスを拡大させていきます。   それは、明治時代から、知的財産は興業や経済の成長に欠かせない重要な要件であることを理解し、現代で言う知的財産戦略を進めてきたことのひとつの成果だと思います。   1980年代になると、アメリカが知的財産の保護強化を打ち出します。当時のアメリカは、貿易赤字と財政赤字を抱え、技術力は高かったものの、知的財産が侵害されることで、経済的なダメージを受けていると考えたのです。   その結果、日本の企業がアメリカの企業から訴えられる事態も多数起きました。   日本が知的財産戦略を強化するのは、アメリカに遅れること約20年後の2002年です。当時の小泉政権が知的財産立国を目指すと宣言し、2003年には知的財産基本法が施行されました。   このように、知的財産を巡る歴史を振り返ると、知的財産とは、ただ権利者を保護するというだけではなく、需要者や経済に関わる問題であることがわかります。   いま、アメリカと中国の間で起きている経済摩擦も、急激に成長した中国の技術開発力をアメリカが警戒し始めたことが根底にあります。つまり、中国の技術開発力が、アメリカにとって脅威となってきたことが原因なのです。 ※取材日:2019年7月 次回:知的財産保護の国際的なルールのTRIPS(10月12日12時公開予定)

熊谷 健一(明治大学 グローバル・ビジネス研究科教授)