Yahoo!ニュース

IDでもっと便利に新規取得

ログイン

古文書に謎の作法の起源 射水の「やんさんま」 神仏混交思想を反映 

配信

北日本新聞

 射水市加茂中部(下)の下村加茂神社が毎年5月4日に行う県無形民俗文化財「やんさんま祭り」で、牛や馬の騎手が行う謎の作法「マジナイ」の起源となる記述が見つかった。昨年、近くの真言宗福王寺で発見された神仏混交に関する古文書に記述があり、同市新湊博物館は「マジナイは神仏混交の思想を反映している」と分析する。 (牧田恵利奈)  祭りでは疾走する馬上から男性が矢を放つ「流鏑馬(やぶさめ)式」や、牛を組み伏せ五穀豊穣(ほうじょう)を願う「牛乗(うしのり)式」、天下泰平を祈って矢を射る「九遍(きゅうへん)式」などがある。  牛乗式と九遍式では、騎手が騎乗直後にマジナイを行う。マジナイは、右手に持った閉じた扇子で、広げた左の手のひらを時計回りに3回なぞり、3回たたく。全国の他の流鏑馬行事に類似する作法はなく、何のためのものか謎だった。  発見された神仏混交思想の奥義をまとめた古文書「御流神道(ごりゅうしんとう)竪印信集(たていんじんしゅう)」に、「武射大事(ぶさのだいじ)」と書かれた部分があり、流鏑馬を行う際の作法が記されていた。両手で三つの印を結びながら呪文の真言陀羅尼(だらに)を唱えるなどしてから、流鏑馬を始めるとしている。

 現在のマジナイと比べ、両手を使う動作を3回繰り返すなど似た特徴があり、射水市新湊博物館の松山充宏主任学芸員は「所作が変化した姿と考えられる」と話す。江戸時代、福王寺は神仏混交の教えを説く御流神道の発信地で、歴代の住職が流鏑馬の担い手に作法を伝えたとみる。明治維新後の神仏分離を経て、僧侶が神社の行事に関与できず、仏教由来の作法もできなくなったため、現在の形に変化したと分析する。  新型コロナウイルス感染拡大防止のため、下村加茂神社は今年、主要神事を取りやめ、略儀の神事でマジナイなどを披露した。野上克裕宮司は「今まで分からなかったことで、調べてもらえてありがたい。氏子らのために今後も継承していきたい」と話している。  研究成果は、地方史研究団体の越中史壇会が発行する「富山史壇」191号に掲載された。同博物館は、9月から始まる企画展で関係資料を展示する。

【関連記事】