【安楽死と呼ぶ前に】瞳が選ぶ「しにたい」の意味 ALS患者の生きざま、悲劇でもキラキラでもなく
2020年夏、京都市内で独居していた筋委縮性側索硬化症(ALS)の女性=当時(51)=が医師2人に薬物を投与され死亡した嘱託殺人事件があったが、「安楽死」を議論するずっと手前で、患者たちが語り、生きざまで伝えたいと願いながら、知られていない日々の暮らしがある。ALS患者の独居生活移行に、記者としてではなく、支援者として10年以上前から関わってきた。事件で亡くなった女性がネットに残した「死にたい」が一人歩きしている気がして、もどかしい。ALS介護現場の日々を報告する。(京都新聞 岡本晃明)
透明文字盤を「取る」、一字ずつ目で選ぶ会話
透明文字盤を挟んで、ALS患者さんの瞳を追う。ひらがな50音のどの字か、目線を合わせ、1文字ずつ声に出す。文字盤で患者の意思を汲むことを「文字盤を取る」というが、わたしはこれが苦手だ。「く? け? 隣の行かな。せ?ですか」。焦ると文の始めの方を忘れてしまう。瞳が合って文字が分かると、その人の深い所とつながれた気になるが、迷うと瞳の向こうに苛立ちを感じ、心がつながらない気さえして、まごまごしてしまう。 ALSは主に中高年で発症し、だんだん全身が動かせなくなる神経難病。意識は清明だが、やがて口から食べる力や声で話すこと、息する力も衰えていく。15年前にベアさんという独り暮らしのALS患者の密着取材を始めたところ、まだドキュメント2カ月目なのに、ベアさんが夜間に転倒して亡くなってしまった。ベアさんはぎりぎり伝い歩きはできたが声や腕の動きをほぼ失い、たん吸引も必要になりつつあった。ヘルパーは週数回、介護保険のヘルパーがわずかな時間来るだけ。ヘルパー空白の時間に転倒事故が起き、動けず電話で助けを呼ぶこともできなかったベアさん。その死は重くのしかかった。ALS患者ら意思疎通が困難な人の取材を続けるうち、「重度訪問介護」という障害福祉のヘルパーが1日24時間切れ目なく寄り添い、独居するALS患者が当時、全国で数人いることを知った。 ALS患者杉江眞人さん(2013年死去、京都市北区)と出会い、独居支援を始めたのは2008年。日に何度もたん吸引など医療的ケアが欠かせず、引き受けるヘルパー事業所が当時の京都はなかなか見つからない。いいさ、じゃあケアの素人が集まってヘルパーになればと、独居移行を目指す輪に、わたしもいつの間にか足を踏み入れていた。