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【今週のエール】100年以上の歴史を持つ早慶戦 「紺碧の空」をきっかけに裕一は羽ばたく

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当時、早慶戦は学生野球の枠を超えた社会的熱狂を生んでいた

 NHK連続テレビ小説「エール」の第8週「紺碧の空」が5月18日から22日にかけて放送された。コロンブスレコードの専属作曲家として2年目に突入した裕一(窪田正孝)だが、一向に曲は採用されずにいた。廿日市(古田新太)、そして憧れの小山田(志村けん)に認めてもらえず徐々にふさぎ込む裕一。そこに早稲田大学応援団が押しかけてきて、早慶戦で勝利するために裕一に新しい応援歌「紺碧の空」の作曲を依頼する。 【写真】木枯といい関係を築く裕一、廿日市は…?  音(二階堂ふみ)や久志(山崎育三郎)の計らいもあり、「紺碧の空」を作曲することになった裕一。なかなか自分の殻を破ることができず苦しむ裕一に、応援団長の田中(三浦貴大)は“早稲田を勝たせたい思い“をぶつける。田中の思いに動かされた裕一は、一度は辞退した「紺碧の空」の作曲に再び向き合うことに。試合当日の朝に書きあがった曲をひっさげ、早大野球部は慶大野球部を破る。応援の力で勝利をつかんだ団長の田中は、「全く曲が採用されない先生にエールを」と今度は裕一の背中を押す。自分のことではなく誰かの顔を浮かべることでスランプから抜け出すことができた裕一。福島から鉄男(中村蒼)を呼び、一緒に曲を作ろうと話をする。 「紺碧の空」は、昭和6年に誕生してから今も歌い継がれる早稲田大学の第一応援歌。裕一のモデルとなった古関裕而氏が人気作曲家として知られる足掛かりとなった曲だ。  東京六大学野球は、早稲田、慶応義塾、明治、法政、東京、立教の6つの大学が加盟して行われている大学野球リーグ。中でも「エール」の劇中で登場した早慶戦は、現在も屈指の人気カードだ。その歴史は、早稲田が慶応に挑戦状をたたきつける形で初めて2校が試合を行った明治36年にさかのぼる。学生野球の最高峰と言われた早慶戦に対する人々の熱狂は次第に増していき、ラジオの普及もその人気を加速させた。早慶戦は国民的な関心事となり、現代に繋がる応援文化の発展にも大きな影響を与えた。そして、そんな中で登場した「紺碧の空」は日本中に届くヒット曲に。古関氏の名を全国に知らしめるきっかけとなったのだ。  古関氏は「紺碧の空」だけではなく、早慶戦を題材にした「早慶賛歌」や「永遠なるみどり」など早稲田大学に複数の曲を残した。そして、ドラマにも登場する木枯(野田洋次郎)のモデルとなった作曲家・古賀政男氏も早稲田を舞台にした「人生劇場」という曲を残している。 「オリンピック・マーチ」「栄冠は君に輝く」「闘魂こめて」「六甲おろし」とスポーツシーンを彩る応援歌を数多く残してきた古関氏。「エール」第8週は、応援したい“誰か“を思い浮かべたくなるような心躍るメロディの原点が、裕一の成長を通して描かれていた。

ENCOUNT編集部

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