創業107年・長者湯の代替わり 京情緒たっぷりの湯に加わった小さなサウナ
息子の選択
狭い浴室の隅に設置したサウナは定員3名。長者湯らしいミニサイズだ。しかし、さすがはサウナブームである。改装後、この小さいながらも快適なサウナは大人気となり、見違えるように客が増えた。 ――間嶋さん、めっちゃ混んでますね! 「そやねん。それが、うちが再オープンした月とその翌月、両隣の風呂屋が続けて廃業しはって、そのお客さんの一部もうちに来てくれるようになりましてん。こんなこと言うたらアレやけども、結果的にほんま絶妙なタイミングのオープンでしたんやわ~」 間嶋さんはうれしそうで、私もうれしくなった。 「そやけど、以前はこの地区、(京都府公衆浴場組合の)上京西支部って言うんやけど、40軒あった銭湯が6軒になってしまいましてん」 この数字が、銭湯が直面する厳しい現実だろう。それでも100歳を超えた長者湯がさらに進化し、息を吹き返したのは、ひとえに息子マジケンさんの決断のおかげだ。今年12月で42歳になるマジケンさんには小3~中2の3人の子どもがあり、勤務する会社では所長の地位にあった。それがなぜ、親も期待していなかったにもかかわらず、今、家業を継いだのか。 ――お父さんは全然知らんかったと言ってましたが 「僕としては、いつかは継ぐつもりでいました」 ――でも42歳といえば会社でバリバリ働き盛りでしょう 「たしかに、所長になって収入も上がってました。でも仕事がハードで、しんどくなってきたんです」 やめられたら困る会社側は、契約社員として残らないかと提案。マジケンさんは家業を継いだ今でも前職の仕事を在宅リモートでこなしている。 「朝8時に起きて2時間リモート仕事、それから脱衣場の掃除、風呂営業、夜の閉店後に浴室掃除、2時就寝です。リモート仕事は風呂の定休日もせなあかんので休みなしですね」 ――それ、前の仕事よりしんどくなってません? 「しんどいですけれども、それでも今のほうがマシかな。家におれるし収入も増えました。ヨメと近所にランチに行けるのも楽しみで」 会社人間としてバリバリ働き続けるよりも、家族といられる時間が大事。この発想と選択も、もしかしたら風呂屋という家業の中で育ったマジケンさんには自然と身についていたのかもしれない。 これまでの連載でも何度か見てきたが、銭湯は設備にお金がかかる装置産業である半面、運営面では店主やスタッフの人柄が集客に影響する属人性の強さが特徴でもある。客として銭湯を訪れたときの「心地よさ」はその両方によってもたらされるが、それを毎日、家族だけで、何世代にもわたって維持してゆくのは並大抵ではない。それには、「変えないこと」と「変えてゆくこと」を話し合い、共有できる家族関係が不可欠だ。 小さな敷地で107年を超え、今後も家業としてこの地に続いていくであろう長者湯とその物語は、千年の都・京都の未来にとってかけがえのない財産になっていくように感じた。 【長者湯】 京都市上京区上長者町通松屋町西入ル須浜東町450 電話 075-441-1223 営業時間 15:10~24:00 定休日:火曜 (文・写真 松本康治 / 朝日新聞デジタル「&Travel」)
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