創業107年・長者湯の代替わり 京情緒たっぷりの湯に加わった小さなサウナ
コンパクトな美銭湯
私がはじめて長者湯を訪れたのは20年ほど前のこと。2008年に拙著で取材させていただいてからは、さまざまな企画やイベントでお世話になってきた。 私が長者湯に引き寄せられ続けてきたのは、この銭湯のいかにも京都らしい風情――町家造りに唐破風玄関、コイの泳ぐ庭、格天井(ごうてんじょう)、柳行李(やなぎごうり)、タイル絵、欄間、地下水薪沸かし、狭い面積にピッチリ詰まった機能的な浴室など――に加え、同湯の店主・間嶋正明さんの爽やかな笑顔、温かい人柄の魅力による。 長者湯に行くたびに、「心地よい銭湯とは何か」についてなにかしらを教えてもらえたような満足が得られるのである。 この日も、玄関や脱衣場にあふれる風情もさることながら、ピカピカに磨かれた小さな浴室の快適さ、名物の酵素風呂のなめらかさ、水風呂につかりながら脱衣場の向こうの庭の灯籠(とうろう)や向かいの民家の屋根までが見える透明感など、コンパクトなスペースにギュッと「京都」を詰め合わせたような小宇宙を裸でしみじみと味わった。
長者湯の100年
同湯が創業100年を超えたとき、私は「長者湯100年祭をやりましょう」と間嶋さんに持ちかけ、展示や飲食も兼ねた半日イベントを企画させてもらった。その時にお借りした昔の長者湯の写真には、同湯の歴史が凝縮されている。 初代は上出久一(きゅういち)さんという人。現在地からほど近い東堀川一条で別の銭湯を経営していたが、そこを売却し、より広い長者湯を購入したのが1917年。下の1枚目の写真はその創業記念に撮られたもの。低い塀とフェンス、門柱などモダンな造りとなっている。「人参実母散薬湯」の看板が掲げられ、のれんには「温泉」と大書き。薬湯が名物だったようだ。 2枚目の写真はその浴室で座る和装の初代。木の湯船、切り石の床、派手なタイルに囲まれ、「どうだ」と言わんばかりに堂々とした姿が印象的だ。 その後、建物は1936(昭和11)年に改築されて現在に至るが、1943(昭和18)年11月1日に撮られた3枚目の写真には、現在の唐破風が存在しない。ということは後付けされたと思われるが、記録は残っていない。