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「対馬丸」疎開学童を慰霊 悪石島沖撃沈から76年 宇検・船越海岸

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南日本新聞

 太平洋戦争末期、十島村悪石島沖で、沖縄からの学童疎開船「対馬丸」が米潜水艦に撃沈され、子どもら約1500人が犠牲になってから76年となる22日、多くの遺体が漂着した宇検村宇検の船越(ふのし)海岸で慰霊祭があった。地元住民ら17人が犠牲者を追悼し、平和への誓いを新たにした。 【写真】慰霊碑に向かって犠牲者の冥福を祈る参列者=宇検村宇検

 2017年に住民らが慰霊碑を建立して以来、集落主催で毎年開いている。沖縄県の遺族や児童生徒も参加してきたが、今年はコロナウイルス感染防止のため集落役員らだけで営んだ。式典で植田英吉区長(65)は「辛苦の中で命尽きていく犠牲者を思うと今も胸が痛む。冥福を祈ります」とあいさつ、参列者が献花した。  対馬丸は1944(昭和19)年8月22日、沖縄から長崎へ航行中に沈没。犠牲者1482人のうち千人余りは疎開児童ら幼い命だった。遺体の多くが奄美大島に漂着し、21人は救助されたとされる。  沖縄県と宇検村の児童生徒が対馬丸の悲劇を学ぶ平和学習交流も見送られた。碑建立を機に取り組まれてきたが植田区長は「コロナ禍が収束したらまた実施する。子どもたちのために戦争はダメと大人も肝に銘じたい」と決意を述べた。

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