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大統領選をまえに読み解く「トランプの時代」と今後のアメリカ―矢口 祐人『東大塾 現代アメリカ講義: トランプのアメリカを読む』まえがき

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トランプのアメリカはどこへ向かうのか? 2020年の大統領選挙はトランプの再選となるのか? 東大発・社会人向け連続講座「グレーター東大塾」を書籍化した『東大塾 現代アメリカ講義』では、反知性主義,人種,ジェンダー,メディアなど,いまのアメリカの現実を、気鋭の研究者たちが多角的な視点から分析しています.本書の「まえがき」を特別公開いたします。 ◆トランプのアメリカをよむ ドナルド・J・トランプ(1946─)は、もともとはニューヨーク市などで不動産業やホテルなどを経営するビジネスマンで、1980 年代からその派手な私生活や破天荒な発言で頻繁にタブロイド紙やテレビの娯楽番組などに登場していた。大統領選に出る前には「オマエはクビだ!」(You’re Fired)というテレビのリアリティ番組のパーソナリティとしても有名だった。とはいえ、トランプが政治家になるとはほとんどの人は思っていなかったし、ましてやアメリカ合衆国の大統領になるなどとは本人ですら考えていなかっただろう。 2016 年の大統領選挙を目指して、共和党の予備選に出馬をした際も、たいていの専門家は目立ちたがり屋の売名行為としかみなしていなかった。トランプには政治の経験や知識もないし、具体的な政策もない。世界を取り巻く国際関係情勢のこともわかっていない。選挙キャンペーンでは対立候補の思想や政策のみならず、容姿や性格までをひたすら罵倒するだけで、世界の大国を率いる大統領にはまったくふさわしくない姿だった。しかし予想に反して、トランプは共和党の超保守層の支持を糾合することで予備選を制し、共和党の正式な候補となってしまった。 それでも、日米の専門家のほとんどは、トランプが選挙で民主党候補のヒラリー・クリントン上院議員・前国務長官に勝つとは考えなかった。バラク・オバマというアメリカ史上初の黒人大統領の後には、今度は初の女性大統領が誕生するだろうと思い込んでいた。トランプが勝つ可能性があると考える研究者はほとんどいなかった。専門家たちは、トランプが「大統領になっては困る」という思いを、「大統領になるわけがない」という希望にすり替えてしまっていたのである。 2016 年11 月8 日の選挙の結果が明らかになったときの衝撃を、日米の大半の研究者はいまでも忘れられないだろう。選挙の鍵を握るとされていたペンシルバニア州、ミシガン州、ウィスコンシン州、オハイオ州で次々とトランプ勝利が伝えられると、我々は言葉を失った。どうしてこうなったのだろう、これから何が起こるのだろう。それは長年、研究対象にして「わかっている」と思っていたアメリカが理解できなくなった瞬間でもあった。日米では私を含め、多くの識者が大統領選の結果についてもっともらしいコメントを寄せていたが、自信を持って説明できた者は実際にはほとんどいなかった。 本書のもととなった講演会はそのような経験と反省をふまえ、トランプが大統領に就任して2 年目に開催された。そしてこの書は第1 期の任期最終年である4 年目に刊行される。トランプ当選という衝撃からある程度の時を経たいま、各分野で活躍する研究者たちがあらためてトランプとその政権を生み出したアメリカ社会を考える試みである。 当初は何が起こったのか、という衝撃も強かったし、就任以降のトランプの言動と政策も極端で驚かされるものが多かった。しかし、本書の各章からも明らかなように、トランプの時代のアメリカは、アメリカの社会と歴史の広い文脈で捉えると、それほど例外的ではないこともわかってくる。多くの人びとはドナルド・トランプという強烈な個性に惑わされがちであるが、実はその政権の政策は決してアメリカにおける突然変異ではない。反知性主義、人種やジェンダーをめぐる問題、政治とメディアの関係、国内の格差と政治対立など、本書の各章で論じられるテーマから丁寧に考察を進めると、一見極端なトランプの言動と政治は決して前代未聞のものではなく、アメリカ社会に長く存在するさまざまな流れから生まれてきたものであることがわかる。トランプ以前のアメリカにも、トランプ以後のアメリカにも、トランプが体現する価値観の潮流は存在する。一方、トランプ政権下で巻き起こったMe Too やBlack LivesMatter(「黒人の命は大切だ」)運動に代表されるような、トランプ的な価値観に抗う市民の力もアメリカには長くある。本書はトランプの時代に焦点をあてながらも、アメリカの過去から未来の大きな流れを具体的な事例を通して照射するものである。 同時に本書はトランプのアメリカに見られることは、必ずしもアメリカに特有なものではないことも示している。反知性主義、人種やジェンダー意識、メディアの変容などの事象は当然ながらアメリカに固有のものではなく、日本を含めた世界諸国に存在する。各国の政治的、文化的な環境のなかで、ときにアメリカと似た結果を生み出すこともあるし、まったく別の状況をもたらすこともある。各章は今日のアメリカ社会をグローバルな視点から捉えることで、その特殊性とともに、現代世界が共通して直面する多様な課題も示している。 つまり本書は「トランプの時代のアメリカ」というレンズを通して、今日のアメリカをより広い時空のなかで概観し、今後のアメリカと世界の姿を考えるものでもある。言うまでもなく、アメリカは世界随一の政治・経済・軍事大国である。メディア、学問、スポーツなどの分野でも、アメリカは世界を牽引している。今後世界がどれほど変わっても、アメリカが極めて重要な国であることは変わらないだろう。本書はトランプを生み出したその大国アメリカを多角的に、わかりやすく検討しようとする試みである。各章を通して、日本に暮らす私たちがアメリカという国をより身近に、あるいはより現実的に、さもなければより突き放して受け止めてもらえれば幸いである。そのことはまた、日本の今日を深く考えることにもつながるだろう。(本書「まえがき」より抜粋) [書き手]矢口祐人(東京大学情報学環教授) [書籍情報]『東大塾 現代アメリカ講義: トランプのアメリカを読む』 編集:矢口 祐人 / 出版社:東京大学出版会 / 発売日:2020年08月22日 / ISBN:4130330764

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