南沢奈央「いつの間に!」母親とお互いの変化に驚き合う 子供の成長×日常の謎『ハルさん』を紹介
風光る
「トマト食べられるようになったのね。偉いね」 つい先日、スライストマトが入ったサンドウィッチを食べようとしたら、母が褒めてくれた。 わたしはずっとトマトが苦手だった。母のせいにするわけではないが、母がずっとトマト嫌いで食卓に並ばなかったことが影響している、と思っている。実際、姉も弟も、程度は違えどトマトが苦手だからだ。 「まだトマト単体では無理だけど、カプレーゼまでいけるようになったよ」 いつの間に、とおどろく母。だけどわたしからしたら、母がある日、生トマトを塩だけで美味しそうに食べている姿を見たときは、いつの間に、と衝撃だった。 母はいつの間にか、大のトマト好きになっていた。普通、好きになるにも過程があるはずだ。「嫌い→でも食べてみた→あ、好きではないけど食べられる→え、美味しいかも?→進んで食べるようになる→大好き!」みたいな。わたしが見た母の変化は「嫌い→大好き!」だったから、人ってそんな変化があり得るのかとおどろきだったっけ。 でもふと、今回母の見せたおどろきは種類がちがうと思った。そういえば、前もこういうことがあった。納豆が嫌いで全く食べようとしていなかった弟が、結婚してからは、むしろ好んで納豆を食べているという話を聞いて、母が衝撃を受けていた。うれしいような、でも少しだけさみしいの方が大きいような、そんなおどろきだった。 子どもの成長はうれしいけれど、さみしい。
そんな親心を、藤野恵美さんの『ハルさん』を読んで、ようやく理解できた気がする。というか完全に、“ハルさん”の父親目線でこの物語に入り込んでしまった。 早くに愛する妻・瑠璃子さんを亡くしてしまい、人形作家として、男手ひとつで一人娘である“ふうちゃん”こと風里を育ててきた、春日部晴彦“ハルさん”。本書は、そんな娘のふうちゃんの結婚式の日のお話だ。ハルさんは、結婚式当日、これまで起きた“事件”を次々と思い出していく。現在を軸に、回想するように5つの過去の話が挟まれる。それぞれふうちゃんが、幼稚園、小学4年生、中学2年生、高校3年生、大学1年のときにあった、ちょっと謎が潜んだ思い出の数々。