ルシウスも入った!? レトロな雰囲気の滝野川「稲荷湯」
どこからか涼やかな鈴虫の鳴き声。「鈴虫は、毎年夏になると常連さんが届けてくれるんですよ」。湯上がりのちょっとのぼせた身体を、内輪を片手に坪庭の側に置かれた椅子に腰掛けながら、鈴虫の音色を楽しむ。東京にいながらにして、こんな贅沢を味わえる。
滝野川の「稲荷湯」の名物は、井戸水をくみ上げて沸かす「あつ湯」だと公子さんは言う。47度前後の熱いお湯にじっと我慢をして入るのが銭湯ツウ!? そのため、少し前までは、「稲荷湯」には小さな子供の姿が見られなかったそうだ。「こんなご時世ですからね。そんなことは言っていられません。昨年の工事の時に、『ぬる湯』の浴槽を作りました。そのせいもあって、最近はご家族連れのお客様も増えています」。
洗い場もカランも掃除が行き届いていて気持ちがいい。プラスティックではない木の桶を使っているのも、手入れに自信がある現れだろう。「木桶は、毎年最初の開店日に新しくしています。それを楽しみにしてくださるお客様も多いんですよ」と公子さん。
昔は、銭湯のペンキ絵といえば富士山がオキマリだったが、「稲荷湯」では、男湯は富士山、女湯は能登半島、どちらも、ペンキ絵師丸山清人氏の手による貴重なペンキ絵だ。1年に1度書き換える絵を楽しみに通う熱心なペンキ絵ファンも多いとか……。
もうひとつの耳より情報。実はこの「稲荷湯」では、2012年に公開された映画『テルマエ・ロマエ』のロケが行われた。阿部寛が演じる主人公のルシウスがタイムスリップしてくる浴場こそがこの「稲荷湯」なのだ。「映画の影響は大きいですね。今でも『テルマエ・ロマエ』のロケ地の銭湯と聞いたお客様が全国からいらっしゃいますよ」
毎日、一番風呂に入りに来る常連さん、夕方の家族連れ、閉店間際の仕事帰りのお勤めの方。家に風呂があったとしても、銭湯で手足を伸ばして大きな浴槽に浸かり、ホッとしたいという人たち。昭和の初めの懐かしい香りを漂わせながら、「稲荷湯」は、今日も家族を迎えるように彼らを迎え入れる。時代が変わって変わるもの、変えてはいけないもの、見極める時期が来ているのは銭湯も同じかもしれない。 ---------- 稲荷湯 所在地:東京都北区滝野川6-27-14 電話番号:03-3916-0523 営業時間:14:50~翌1:30 日祝は13:50から 定休日:水曜