アメリカのジャズ激動期に日本人女性として奮闘、秋吉敏子はなぜいま再評価されるのか?
「日本人」であることに向き合う姿勢
そこから1960年代に入ると、ピアニストとしての側面以外に関しても、彼女ならではの個性とヴィジョンが確立されていった。 まず、この時期から民謡を始めとした日本の曲を積極的に取り上げ、それをジャズのレパートリーとして昇華している。『The Toshiko Trio』での「蘇州夜曲」に始まり、1965年『Lullabies for You(トシコの子守歌)』での「毬と殿様」「かんちょろりん節」、1964年のジャパン・ジャズ・オールスターズに参加しての『From Japan With Jazz』では「木更津甚句」と、その例はいくつもある。こういった日本をテーマにした楽曲は、秋吉が生涯をかけて追及するものになっていく。 また、1961年『Toshiko Mariano Quartet』収録の「Long Yellow Road」、1968年『トップ・オブ・ザ・ゲイトの秋吉敏子』の「Phrygian Waterfall」、1971年『The Personal Aspect in Jazz』の「Sumie」などを聴くと、その自作曲にはストーリーがあり、個性的な旋律や響きやテクスチャーが鳴っていて、作編曲家の立場から「アメリカ人によるジャズ」とは異なるサウンドを模索しているのがわかる。秋吉は渡米してからずっと「アメリカのジャズシーンに飛び込んだ日本人」としての自身と向き合い続けてきた。
ビッグバンドを立ち上げ大きく飛躍
アメリカにわたり、激動の60年代ジャズ・シーンを生き抜いた秋吉に大きな転機が訪れたのは1973年。LAに移った秋吉は、パートナーのルー・タバキンの提案もあり、自身のビッグバンドを立ち上げる。それが彼女の立場を一気に変えることになる。 アメリカのジャズの伝統を身に着けたうえで、ジャズの中に日本の音楽の要素を取り入れ、そのうえでその色彩や響き、テクスチャーにもこだわったストーリー性の高い楽曲を書くことができる秋吉は、ビッグバンドという新たな“楽器”を手に入れたことで、その真価をようやく完全に発揮することに成功する。 1974年『Kogun(孤軍)』の表題曲では日本の鼓(つづみ)を用いるだけでなく、フルートを和楽器に見立てたりすることにより、独自のサウンドを生み出した。ビッグバンドのサックス奏者が全員フルートとクラリネットも演奏できたことから、木管楽器を取り入れることにチャレンジしたことも独特な響きを生み出すことに繋がった。 それは1975年の『Long Yellow Road』、1976年の『Insights』で更に深まっていった。特に『Insights』は雅楽で使われる打楽器の羯鼓(かっこ)を用い、色彩を抑え、ミニマムな展開で奥行きのある空間的なサウンドを奏でた「Sumie」、鼓や能楽の謡(うたい)を取り入れた「Minamata」など独創性に満ちた音楽に圧倒される傑作だ。 《日本の芸術は「間」の芸術といって差し支えないのではないかと思います。画ですと、洋画のようにカンバス全体を塗り潰さず、どう空間を取るか、能の場合は、昇華された無駄のない動き、音楽のリズムは横に流れるように思います。空間のリズムとでもいえましょうか。ヨーロッパのリズムは伝統的に縦に動きます。ジャズの場合はそれがスイングという、はっきりと間違いなく縦にリズムが動きます。私はそれに、横に流れる日本の文化を取り入れました》(『NHK人間講座 2004-6~7月号 秋吉敏子 私のジャズ物語』より) 日本の音楽との融合への並々ならぬ思いには、秋吉ならではのジャズへの矜持があった。 《デュークが亡くなったとき、ヴィレッジ・ヴォイス誌にナット・ヘントフが書いたデューク・エリントンへの追悼文が出ていました。その中の、デュークがいかに自分が黒人であったことを誇りに思っていたか、いかに多くの彼の音楽が黒人の伝統に根付いているか、という内容に私はハッと自分を見つけたのです。彼の音楽、それは彼自身の歴史です。と同時にそれはアメリカ黒人の歴史でもあるのです。私の音楽は私の歴史であると同時に、私の日本人としての歴史でもある音楽を創らなければならない。今までジャズの歴史にはなかった要素、つまり日本文化をジャズに融合させる努力をしなければならないと思ったのです。そしてそれが聴く人たちに感じ取られた時、ジャズにとって私は何か、という問題が解決されるのではないかと思いました》(同上) 秋吉はビッグバンドというツールを手に入れたことで「日本人である自分にとってのジャズ」を形にすることができるようになり、そこから1976年の『Tales of a Courtesan(花魁譚)』、1979年の『Salted Gingko Nuts(塩銀杏)』と、70年代にかけて傑作を連発していった。